第994話 クライマックス?

「根本さん。

お久しぶりです。最近いかがお過ごしですか」

依頼主がミニバンから降りて、近付いてきた赤いドレススーツの女性に声を掛けた。


ラペルピンの形をしたカメラとポケットの中で繋ぎっぱなしにしてある携帯から音声と映像がしっかり竹下氏のPCに流れている。


臨場感マシマシじゃん。

凄いねぇ。


根本(母)は依頼主とその後ろに立っている鈴木氏を見て足一瞬を止めたが、ふんと馬鹿にするように口を歪めただけでそのまま歩き続けた。

「息子が突然父親の跡継ぎになる道を投げ捨てたせいで色々と心労が一杯だけど、何とかしてるわ。

あなたも人様の料理に偉そうにイチャモンつけるようなヤクザな職業なんてやめて、普通の社会人として働いたらどう?」


足を止めずに進んだことですれ違うぐらい近づいた根本(母)を依頼主が無表情に見下ろした。

「先日突然味覚と嗅覚が麻痺してしまいましてね。

なので料理評論家の仕事は一時休止中ですよ。

伝手を頼って退魔協会に依頼を出したら呪詛だと分かり・・・あなたが呪いを掛けたようだと言われました」


そのまま数歩ほど歩き続けた根本(母)だったが、足を止めて振り返り、ニヤリと笑った。

「そうなの?

じゃあ、もうエセ料理評論家なんて無理ね!

どうせ味なんて分からずに偉そうな事を抜かしていただけなんだから、味が分からなくても関係ないかもだけど」


鈴木氏が一歩足を踏み出した。

「呪詛を掛けた場合、詐欺師や素人の恨みから出た見様見真似な行動も多いことから、最初の一回は『まさか本当に効果があるとは思わなかった、単なる気休めだった』と云う抗弁が通用します。

ですが、ここで大江氏が実際に呪詛の効果があったと言明したのですから、『効果があるとは思わなかった』は呪詛を解除しない事に対する弁護にはなりません。

呪詛の解除を行わない場合は傷害罪で訴えられ、罪に問われる可能性が高いですよ?」


これは呪詛返しの転嫁を期待して呪詛を返せと根本(母)が挑発するかを確かめる為のやり取りとして、依頼主と鈴木氏と竹下氏で話し合って決めたシナリオだ。


確かに呪詛を返す前に、『お前の呪詛で害を受けているから解除しろ』と要求されてそれを拒否したのに『まさか効果があると思わなかった』の抗弁を使えるのって違う気がするよね。


呪詛を諦めたとして、掛けた方がダメージなしにキャンセル出来るかは知らないけど。

前世も含めて撃退する側にしかなった事がないからなぁ。


「あら、残念。

でも呪詛が上手く掛かったか確認しようと思って呪師の連絡先にメールを出してみたんだけど、既に使えなくなっていたからあっちと連絡する手段がないの。

だから諦めて退魔協会に呪詛返しを頼んだら?

私が大学の同期の母だからって遠慮しなくて良いわよ」

ニタニタと笑いながら根本(母)が言う。


なんかこう、この人壊れちゃってない?

こんな悪意マシマシなニタニタ笑いを見せたら相手に警戒されるに決まってるじゃん。

それが分からないってちょっと可笑しいでしょう。


「呪詛は返されると『倍返し』になりますよ?」

鈴木氏が警告する。


「良いのよ、どうせ私は料理人でも人の料理に偉そうにコメントして金をもらう評論家のセンセイでも無いんだから。

遠慮せず返すが良いわ!」

ふんっと息を吐いて依頼主へ背を向け、そのまま根本(母)がカツカツとヒールの足音も高く歩み去って行った。


「根本の父親がレストランの跡を継がないと言うあいつの選択に納得しているのに、あの母親はなんだって・・・ああなんだ?」

ミニバンに戻ってきた依頼主が溜め息を吐きながら呟いた。


「リストランテ・ネモトの関係者って言う立場が気に入っているからかも?

それなりにレストラン経営に手を貸して、あそこの名を上げるのにえげつない方法で貢献したって噂もあるし」

竹下氏が応じる。


レストランの名を上げるのにえげつない方法って何?

サクラ(悪い意味の)を送り込んでライバル店の評判を落としたとか、どっかのコンテストで審判員を買収したとか?

情報社会の今だったらあまり露骨にやり過ぎるとバレた時に炎上しちゃって危険だと思うけど。


まあ、依頼主の親世代の店だったらまだネット社会化する前だからバレても炎上リスクは低かったのかもね。


「では、取り敢えず退魔協会に戻りましょうか」

鈴木氏が言って、ミニバンのエンジンを掛けた。


そう言えば、色々と実験するんだったっけ。

なんかあの根本(母)との対決がクライマックスって感じで、じゃあ呪詛返ししてもう帰りましょ〜って言うところだったわ。



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