第995話 儲かってまっせ?

「ちなみに、大江さんが神社で厄祓いをしてそれで呪詛返しが成る場合、呪詛返しが竹下さんの元に届く前に竹下さんの転嫁を解除する事は可能ですか?」

退魔協会の駐車場にミニバンを停めた鈴木氏が後部座席を振り返って私と碧に尋ねた。


「ほぼ無理だと思います。

試さない方が良いかと」

何と言っても呪詛返しのスピードは人間の反応より早い。

厄祓いで返ったと分かった段階で転嫁を解除しようと力を込めても手遅れになる。


「そうですか。

では識別テストを何人かで行った後に、竹下さんが厄祓いをして転嫁の解除が出来るかを確認するだけにしましょう」

鈴木氏があっさり頷いた。


流石にシビアなタイミングの呪詛返し解除を強く主張するつもりはないらしい。


呪詛返しの転嫁を引っぺがして呪詛を掛けた本人へ返せるかは微妙に不明だが、そっちもあまり人体実験出来るような内容じゃ無いからなぁ。


いつか勝手に転嫁先にされて呪詛の倍返しを喰らった依頼人が来たら試す事になりそうだ。


「おいおい、大丈夫なのかい?

幾ら俺が料理人や料理評論家じゃないにしても、美味しい食事を食べるのは大好きなんだからそれを台無しにしないでくれよ?」

竹下氏がちょっと不安げに口を挟む。


「大丈夫です。

ちゃんと安全な範囲でしか試行錯誤はしませんから」

鈴木氏がにっこり笑って応じる。


チラリと竹下氏がこちらを見たので、こっちもにっこり笑って見せる。

「大丈夫です、出来ない事は出来ないと言いますし、出来る事はちゃんと出来るので。変な実験に自発的に付き合うと仰らない限り、味覚も嗅覚も安全ですよ」


うっかり好奇心に負けて実験に付き合うなんて言ったらどうなるか知らんけど、退魔協会が嘘を言って変な事をするのに加担はしないよ〜。


「今日の午後一杯ぐらい付き合うのは構わないが、呪詛が俺に飛んでくる可能性がある危険な実験はお断りだぞ?」

竹下氏が鈴木氏に念を押した。


「具体的な実験は実際に呪詛返しを転嫁されてしまった被害者が協会を頼ってきた時に試してみれば分かる事も多いでしょうし、今日は見極めと転嫁解除だけ幾つか試して終わりにしましょう」

鈴木氏がちょっと残念そうに言った。


う〜ん、調査員だからもっとビジネス的かと思っていたんだけど、意外とマッドサイエンティスト系も入ってる??


そこまで興味があるなら自分で弱い呪詛を仲間内で掛けて転嫁してと色々試してみれば良いのに。

まあ、実験用の弱い呪詛なんてそれこそ神社の境内に入るだけで吹き飛ぶかもしれないから、試行錯誤には向かないのかもだけど。


「取り敢えず、俺は最後の仕上げまでは関係ないんだよな?

ここで寝てるから呪詛返しの段階になったら声を掛けてくれ」

だるそうにリクライニングさせた座席に体を預けていた依頼主が口を挟む。


「エンジンとエアコンを切ったら車の中は灼熱地獄状態になると思いますから、中に入りませんか?

応接室にあるソファで横になられてはどうでしょう」

鈴木氏が声を掛ける。

もう直ぐ9月とは言え、まだ茹だるほど暑い。

車のエンジンを掛けっぱなしにしてエアコンを使うのはちょっと環境的に優しくないしガソリンの無駄だよね。

今じゃあ信号待ちですらエンジンを止める時代なんだし。


「・・・ああ、そうだな。

静かな部屋を頼む」

依頼主が怠そうに合意し、ミニバンから降りた。


味も匂いもないせいで食欲がなくて体力が落ちていて怠いのは分かるけど、それで眠くなるんかね?


それとも体力が落ちると人間って眠くなるんだろうか。

冬山で遭難して凍死前に眠くなり、『XX、ダメだ寝るんじゃない!』って叫ぶようなドラマの一幕みたい感じなのかね?


それとも今まで仕事で忙しくて睡眠不足だったとか、退魔協会に辿り着く前に病気かと思って眠る時間も惜しんで色々調べていたのか。


・・・調べ事に忙しくて睡眠時間を削ったって線が一番ありそう?

病気路線が埒が開かなくて呪詛かもって気付いてからは誰に呪われたのか調べるのに忙しかったかもだし。


とは言え、友人の母親って言うのは調べた中にも入って無かったんじゃないかなぁ。

そう考えると、呪われた時に自力で調べてなんとかしようと考えるのって時間の無駄な事が多いのかも。


せいぜい、呪詛返しの出来る寺社探し程度かな?

でもそれも今じゃあ下手に寺社で返したら呪った本人じゃなくて関係ない転嫁先に返っちゃうかもだし。


ある意味、退魔協会が益々忙しくなる時代になってきたようだ。



結局、容疑者の面通しじゃないけど、何人かの関係ない人に含めて竹下氏を色々な適性の退魔師に見せたところ、黒魔術師系と思われる人間は一目でわかり、白魔術師系も注意を払っていれば分かり、元素系と思われるその他は細心の注意を払っていれば分かると言う感じだった。


退魔協会としては微妙な結果かも?

これからは快適生活ラボに来る依頼が増えそうな気がしないでもないなぁ。

それとも転嫁の有無の確認は調査員が全部捌くんかね?


そして神社での厄祓いに関しては、退魔協会近くのそれなりに効果があるところで厄祓いをして貰っても転嫁は消えなかった。


災厄として具現化していないから落ちないのか、呪詛の強度が強すぎてダメなのか不明だったので、退魔協会で転嫁を外した後に依頼主に厄祓いを受けて貰ったら・・・あっさり呪詛は返った。

どうやら呪詛返しの転嫁は厄祓いで対処できないらしい。


ちなみに転嫁を解除するのは元素系の退魔師が力技でやっても出来た。

かなり魔力を無駄にしている様に見えたけど。


ある意味、呪詛返しの転嫁って呪詛そのものより厄介そうだ。

マジでこれから退魔協会が益々忙しくなるかも?



ちなみに。

根本(母)は結局味覚と嗅覚に加えて触覚と視覚を失ったらしい。

かなりの騒ぎになったと後から聞いたが、少なくとも視覚と聴覚じゃ無かっただけマシだろう・・・多分。


人生が文字通り味気ないモノになっただろうが、自業自得だね。



〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜


これでこの章は終わりです。

明日はちょっとお休みして、次の話について考えます!





  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る