第989話 世界は狭い?!

「今回はフルフラットなベッドは無しですか?」

ミニバンに乗り、ピックアップしてくれた鈴木氏協会の調査員に尋ねる。


前回と同じような大きめなミニバンだが、今回は座席が一つかなりゆったりとリクライニングポジションになっているだけでベッドは取り付けてなかった。


「あの依頼主に後から、動いている車でフルフラットなのは加減速の度に転がり落ちまいと踏ん張るせいで却って辛かったと言われましたので」

鈴木氏が信号で右にウィンカーを出して停車しながら教えてくれた。


やっぱそうか〜。

まあ、激痛を堪えている人を車で連れ回す事自体が微妙だしね。


「今日の依頼主はどんな呪詛を掛けられているんです?」

碧が尋ねた。


「何を食べても匂いも味も感じられないそうです」

対向車線が空いたのを見て、右折しながら鈴木氏が言った。


「それって態々呪詛返しを転嫁してますかね?

転嫁してるかどうかは確認してあるんですか?」

痛みとか下痢とかは倍返しはキツイし危険だから転嫁させるのは分かるが、物の味と匂いがしない程度だったら別に返ってきたって極端に問題はなく無い?

まあ、五感の倍返しって他の感覚まで失われるのかもだけど。

前世では味がしなくなるなんて言う緩い呪詛を使っているのを見た事がないから、返した場合にどうなるか知らないな。

まあ味覚と嗅覚が無くなるだけでも人生から食べる楽しみが消えて、辛いことは辛いだろうけど。


「私が調べた範囲ではどうも転嫁されている印象でしたし、依頼主が料理評論家なので業界の人間がその言動を恨んで呪ったのでしたらほぼ確実に転嫁しているでしょう?」

鈴木氏が応じる。


料理評論家が味も匂いも分からなくなったら切実にやばいね。

仕事は出来なくなるし、何と言っても評論家になるぐらい食べるのが好きな人間だったら味覚が無くなったら長期的には自殺でもしちゃいそう。


しっかし。

人様が作った料理を偉そうにケチをつける評論家は好きじゃ無いけど、それを恨んで呪うというのもなんかねぇ・・・。


こう、料理人がタバコを吸っちゃダメなのと同じで、呪詛なんぞ掛けさせたらやっぱ味に対する感性が鈍化しそう。

実際には関係ないんだろうけど(多分)、料理人にはすっきり誠実に生きてもらいたいな。

私らの体って食べたモノで形成されるんだから、変に怒りや憎しみや呪いで汚れている人には食事を作って貰いたくない。


こう言っちゃ何だけど、願わくは呪詛を掛けたのは個人的な関係が拗れた相手からだと期待しておきたい。


まあ、料理評論家に恨みを抱くほど有名なシェフの料理なんぞ私が食べる機会はそうそう無いだろうけど。


とは言え個人的な関係だったら呪詛返しを態々転嫁しない気も?

金を無駄に使えるぐらい金持ちなら料理評論家を潰すことぐらい、それ程難しくないだろうに。


それとも依頼人がカリスマ評論家ってやつでアンタッチャブルなのかね?

料理の評論家にそんなのが居るとしたら意外だけど。


「ちなみに料理評論家にホワイトハッカー的に情報収集が上手い秘書や知り合いがいるんですか?」

場所が分かってもそこに誰が何をしているかと言う情報を入手出来ないとなると、呪詛をかけた相手を見つけるのが面倒になるぞ〜。


「幸い、依頼主の親しい友人がネットやPCに詳しい人らしく、今回はその方が同行してくれるそうです」

鈴木氏ば説明してくれた。


へぇぇ。

美味しい食事で釣ったのかな?

いや、料理評論家が料理を作れるのかは知らないけど。

もしも料理なんぞ殆ど出来ないくせに偉そうに他のシェフの作品を貶していたりしたらマジで恨まれそう。


そんな事を考えている間に、比較的大きな戸建に辿り着いた。

この料理評論家は戸建に住んでいるんだね。

極端に儲けている訳ではないけど、標準的サラリーマンよりは月々の報酬が高いのかな?


でも料理評論家なんぞサラリーマンと違って人気の波がある業界な気がするから、評論家として今は売れていても、人気がなくなったら収入が途絶えちゃいそうだが・・・人気がなくなった料理評論家ってどうやって食っていくんだろ?


SNSなんかも貶すタイプの過激なポスティングの方が見る人が増えるらしいから、人気や話題性を維持する為に評論家も褒めるよりは貶す方に傾きやすいのかも。


そんな事を考えていたら玄関が開き、男性が2人出てきた。


「あれ?

右の男性が依頼主ですよね?」

呪詛が口とか喉の辺に絡まっているのが視える。


「ええ。

隣の男性がホワイトハッカーな方だと思います・・・が?」

鈴木氏がマジマジと身を乗り出して左側の男性を見た後、私の方へ振り返った。


「あの方、呪詛返しの転嫁先にされてますよね??」


ちゃんと見分けられるようになってんじゃ〜ん。

偉いぞ。


「ですねぇ。

呪詛を掛けた相手、探しに行きます?

このまま退魔協会へ行っても良いかとも思いますが」





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