第984話 それが原因か?

「もう少し右ですね」

最初に三角測量した呪詛の元へ向かう最中、信号や渋滞で止まるたびに方向を確認したが、幸いにもターゲットは動いていないようだった。


勤め人のサラリーマンでも営業職だったらあちこちに動き回るし、社内の仕事をしていても別の営業所や工場などに出向く可能性もあると思うのだが、どうやらターゲットは少なくとも今日のところは純粋にオフィスで働いているらしい。

もしくは家で何かやっているか。

専業主婦が呪詛なんぞ掛けていたら怖いが、在宅勤務の可能性もあるかな?

戸建てだったら相手を特定しやすいが・・・多分地域的に見て、ビジネス街っぽいから勤務先に居ると思われる。


午前中は会社で働き、午後から客回りなんて言うスケジュールもあり得るから、出来れば早く特定したいところだが、何分大雑把な方向と距離しか分からないので最短ルートが必ずしも取れない。


お陰で却って近づいてからの方がうろうろとする羽目になっていた。


が。

やっと、それらしきオフィスビルの前に到着。

その周辺を回った際に呪詛の線がぐるっと動いたので、ここで間違いなさそうだ。


「ここですね」

ふうっと安堵の溜息を吐きながら告げる。


顔色が悪く、苦痛に脂汗を流している相手が横にいるとかなりプレッシャーを感じるね〜。

マジで呪詛の憑代でも残してくれれば良かったのに。


「・・・SKP商社の子会社が入っているビルですね。

取り敢えず、人事部にある課長クラスまでの人間の資料がこちらになりますが、誰か恨まれるような覚えがある人はいますか?」

車が停まり、暫くカチャカチャとノートパソコンで何やらやっていた秘書氏がPCの画面を取り外して依頼主に渡した。


おお〜。

ノートパソコンだと思ったけど、スクリーンが外れてタブレットにもなるタイプなのか。

高そう。


・・・と言うか、どうやって見知らぬ会社の人事部の情報にアクセスしてるの??


この秘書氏に頼んだら、色々とハッキングして情報を集めて貰いやすそう。

まあ、変な事を頼んで弱みを握られたら後が怖いからやらんけど。


「ふむ。

あそこと取引は多少はあるが、特に恨まれる様な事はやってないと思うし、案件を横取りしたなんて事も無いと思うが・・・どこかでクライアントが勝手にあっちを切って我が社に話を持ってきた場合は必ずしも分からないからなぁ。

うん?」

写真と名前をスクロールしながら見ていた依頼主が、ふと手を止めた。


おや?

何か身の覚えがある人物が出てきたのかな?


まあ、こっちでは呪詛なんぞ身勝手な恨みを晴らすのに使う人間が多いみたいだから、そんなのを使う人間の考え方なんぞ理解できない可能性は高いけど。

だから『身の覚え』よりも、取り合えず『顔見知り』がいるかのレベルで調べるのが現実的だと思う。


「誰ですか?」

秘書氏が尋ねる。


「この、柴田と言う男は大学でテニス部で一緒だったな。

あいつは女と遊ぶのに忙しくて碌に大会にも出ていなかったし、インカレで大会に出ていて忙しくしている間に別れた俺の彼女といつの間にか付き合っていたから、どちらかといえば俺が恨む方の立場だと思っていたが」

依頼主と一応同世代と見えなくは無いが、顎が弛んできていて微妙に老けて見える男の写真

を指差しながら依頼主が言った。


別れた彼女が次に付き合っていたって・・・寝取られたんじゃない?


「それって意図的に狙ってやっていたならその時期から何か恨まれていたのでは?

まあ、嫉妬で目の敵にしていただけかも知れませんが」

テニスサークルでは無く、本格的な体育会のテニス部だったらその柴田だって元は真剣にテニスをやるつもりはあったのだろう。

それが女と遊ぶのに忙しくなり、依頼主の彼女まで寝取ったって・・・それって依頼主がインカレにまで出場する様な活躍をしていたから自分では太刀打ちできないと諦めてテニスでは手を抜いて、他の事で優位に立とうとしたってやつじゃない?

それだったら依頼主はそれなりに妬まれていても不思議はない。


体育会系の部の中でインカレにまで出場する程活躍している人間の彼女を寝取るなんて、よっぽど注意深く計画的にやらなきゃ雰囲気が悪くなって追い出されかねない行為だ。

まあ、依頼主の口ぶりからするに、依頼主側はその彼女に特に拘りは無かったっぽいけど。


「あ〜。

最初はそれなりにライバルだ!的な事を言っていたが、何度か対戦して勝っていたらそのうち全般的にヘラヘラと笑いながら手抜きする様になったな。

単に才能が足りないと自分で見切りをつけただけだったんじゃないのか?

それで恨まれても納得できない気はするが」

依頼主が微妙そうな顔をした。


「ちなみにこの柴田氏、大学卒業してから2年後にSPK商社の専務の娘である広川麗花さんと結婚してあちらでそれなりな出世路線に乗っていた様ですが、先月麗花さんとの離婚が成立して、ほぼ同時期に子会社への出向が決まった様ですね」

カチャカチャとさらに何かを調べていた秘書が付け足す。


おやま。


「・・・麗花がその元カノだな。

2ヶ月前ぐらいに仕事関係のパーティで会って少し話をしたんだが、離婚すると言う話は聞いてなかったぞ?」

依頼主が言った。


おいおい。

それって依頼主が離婚の原因だと思い込まれてない??





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