第983話 特定作業

「では、まずここで呪詛を辿ります」

依頼主と秘書がミニバンに乗り込み、簡単にお互いに名前だけ自己紹介したところで私が宣言する。


この最初の測定は依頼主の家でやっても良かったんだけど、どうせ外を動き回らなきゃならないなら依頼主の家の中に私らが入る必要はないよね?と言う事でミニバンでやる事が前もって決まっていた。


プライバシー的な話としても、親しく無い人間を家の中に招くのは嫌だろうし。

それに何と言っても呪詛を掛けられるような人間は、ある意味一番無防備になる家の中へは絶対に信頼できると分かっている人間以外を入れるのは避けるべきだ。


と言う事で、ミニバンのベッドに横たわる依頼主に軽く触れて呪詛を辿る。

クッションを多めに積んで体をある程度起こしているが、考えてみたらフルフラットなベッドよりも普通に座席を斜めにするぐらいの方が移動には良いんじゃ無いかね?

本格的に寝るなら水平状態の方が良いが、体を預けて楽にする程度なら人と話をしたりしなきゃいけないとなるとリクライニングチェアを一番倒したぐらいの傾斜がある方が良さそうな気がする。


まあ、そこら辺は私の知った事じゃないけど。


呪詛は・・・はっきりとした転嫁先へ繋がる線が一本と、もう少しうっすらとした本来の呪詛を掛けた人間への線が視える。


手元のタブレットのマップを開き、目の前の道の方向とマップを合わせた上で呪詛の元と転嫁先へとの線をタッチペンで引いた。

「こちらが実際に呪詛を掛けた加害者、こっちが転嫁先にされたと思われる人間へ繋がる線ですね。

転嫁先はまだしも、呪詛元は誰か思い当たる相手は居ますか?」

引いた線が消えないように一度セーブしてから依頼主の方へタブレットを渡して尋ねる。


今回の呪詛はキリキリとあちこちの関節が痛くなる上に頭痛がするとか言う症状らしいから、タブレットを見るの辛いだろうし、考えてみたらライバル社の幹部の住まいとかは秘書とかの方が良く知っていそうだが、やっぱここは先に依頼主へ見せるべきだよね?


研修対象にする事へ合意することの対価として呪詛返しの値段は大幅に下げてあるらしいから、普段の依頼主程は気を遣わなくて良いらしいが。


「ふむ。

特に直ぐに思い当たる相手は居ないな。

別の場所でもう一度調べたらもう少し範囲を絞れると言う話だから、移動してもう一度調べてくれ」

依頼主がじっとマップを見てから、小さく首を横に振った。


「じゃあ、東か西の方へ移動をお願いします」

運転手を兼ねている退魔協会の調査員へお願いする。


呪詛の元へ繋がる線の方角的に、東西に動けば良い感じに三角測量出来る筈。


距離が近ければ多少の移動でそれなりに目的地を絞れる。

だが遠ければ必要な移動距離が増えるし、相手が動いていたら色々と滅茶苦茶になるが・・・どうなるかな?


願わくは呪詛を掛けた人間が家でダラダラしているなり、会社でミーティングに参加しているなりで動いていないと期待したい。


それこそ買い物中で動いていたりしたらかなり面倒な事になる。

一応依頼主に一回の測定で上手く見つかるかは分からず、相手が動き回っているせいで特定できない場合はもう1日掛かる場合もあると言ってあるらしい。だが、呪詛の痛みと苦しみが長続きするのは辛いだろうからできれば一発で見つかると良いんだけど。


と言うか、考えてみたら場所を特定できても戸建てじゃ無い限り、マンションやオフィスビルだったらその中にいる何十人なり何百人の中から相手を探し出すのって大変そう。


呪詛を掛けた相手はそれなりな立場にある可能性が高いからまだ目星がつき易いだろうが、転嫁先の人間は下手したらオフィスの清掃人に簡単なバイトだと嘘をついて何かサインさせた可能性とかもあるからなぁ。


マジで中の人が出て行くのを1日ずっと観察して呪詛からの線が動く相手が出てくるまで待つ必要があるかも知れない。


そんなことを考えつつ20分ほど車で移動した後に適当な駐車場に入って調べる。

幸いにも、それなりに線が動いていた。


「どうやら都内のようですね」

マップ上に引いたもう2本の線を伸ばして交差するポイントを確認する。

転嫁先の人は呪詛を掛けた人間のすぐ側にはいない様だが、幸いどちらも都内だから夜まで見張る羽目になっても一応家に帰って眠れそうだ。


転嫁先の人がもっと遠くの北海道なり沖縄なりにいるなんて事になったら探すのを諦めちゃうところだったから、良かったわ〜。


考えてみたら退魔協会との話し合いの時に、転嫁先が遠方だったらどうするかって決めてなかったんだよね。

依頼主が首都圏にいるなら、呪詛を掛けた人間もそいつに利用されている転嫁先の人間も近くにいるに違いないと思い込んでいたが、ネットでOK出来ちゃうなら、ちょっと実家に帰ったとか出張で会ったとかいう遠方の人間の髪の毛を使って転嫁しちゃう事も出来たんだろうから、危険だったわ〜。


さて。

取り敢えず、転嫁先の人間を推測するためにも。

まずは呪詛を掛けたやつを特定かな?







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