第963話 準備期間が長すぎる

「現実的な話として翔に何か冷やす効果のある符を作らせるのに成功しても、地球の温暖化どころか諏訪盆地の暑さすらどうしようもないと思うのよねぇ。

やっぱもっと、大きなドカンとしたパワーか、全世界の人口の半分ぐらいが協力するような地道だけど大々的な努力がなきゃ無理そうだねぇ」

実家から持ってきた符のサンプルファイルを見直していた碧が溜め息を吐きながら言った。


水や風の符は碧には作れないが、退魔協会で購入することになった場合に実家にあるのと同じ様なのを買ってしまわないように参考用に碧パパや今でも現役な親戚が作っている符のサンプルを全て持ってきていたらしい。


その中に夏の暑さ対策に使えそうな符が無かった事を考えると、白龍さまに魔石の持ち込み頼むにしても符や魔法陣で地球温暖化に対処しようと言うのは無理なのだろう。


まあ、魔石が大量にあり、それこそ抵抗されなければ都市国家一つぐらいなら短時間で壊滅状態に追い込めるような強力な魔術師が複数集められた魔術師団を有する前世の母国ですら、夏の暑さや冬の寒さを王宮の中以外では緩和していなかった。


国全体の気温を左右できるような術があるのだったら、王宮の中だけでなく王都の貴族街とか、せめて王宮の敷地全部ぐらいを居心地のいい常春の気温でキープしていたと思う。


常にそうするほど王宮で働く下々の事を考えていないにしても、国内外から人が集まる気張った式典がある時なんかでもやって無かったと言う事は・・・出来なかったのだろう。


そう考えると、破壊って平和的で便利な利用よりも簡単なんだなぁ。

破滅を齎しそうな核兵器とか生物兵器とか言った攻撃手段ばかり開発した上に何も考えずに化石燃料を燃やし、森林を伐採して荒地にしてきたこの世界の人類ってアホじゃねと思っていた私だが、前世の人類も平和的利用よりは破壊的利用に魔術の研究を励んでいたわ。


前世で世界が破滅的状況に無かったのは、単に魔術は科学ほど大量生産・消費に向いていないから影響範囲が狭かっただけだね。

まあ、それでも数十年から数百年に一度はヤバい魔術師がどこぞの小国程度は滅ぼして世界を征服する!とかほざいて周辺国に討伐されているんだから、人間って救われない。


「考えてみたらさ、戦国時代か江戸時代かに大きな火山爆発があったせいで冷夏になった説が無かったっけ?

どっか太平洋のど真ん中の誰の邪魔にならない様な場所で火山を噴火させて貰うのってどうかな?」

核の冬説もあったし、そう考えると昔は冷える事の方が人類への危険性が高かったんかも。


流石に温暖化対策のために核戦争をしてはと提案する気は無いが。

と言うか、ちらちら核兵器を脅しに使っている北の戦狂国家の大統領ですら、実際に核兵器を使う気はないと思う。

と言うか、自分が負けて失脚しそうになったら破れかぶれになって自分が敗退するなら人類諸共死ねって使うかもだけど、少なくとも温暖化対策として使うことは無いだろう。


だが、火山の噴火だったらそれなりな頻度で起きているんだし、バーンとやってくれる様な知り合いが白龍さまにいないのかな?


「いや、10年ぐらい前にアイスランドでかなり大きな噴火があってヨーロッパ全体の飛行機のかなりがキャンセルされる様な騒ぎがあったけど、あれでも結局温暖化対策として役に立たなかったんだから、程よく惑星を冷ます程度の噴火なんて言ってもヤバいレベルになるんじゃない?」

碧が問題を指摘した。


そう言えば。

小学生の時ぐらいにそんなニュースをチラッとみた記憶が漠然とあるな。


ネットで調べたら、アイスランドの首都近くでの噴火で1週間ほどヨーロッパのフライトがキャンセルされたとあった。

1週間なんて短い気がするが、考えてみたら世界中の温度を下げるぐらいに火山灰がガッツリ飛び交うとなったら世界中で飛行機が1年ぐらい飛べなくなるのかも?


そうなると日常生活にも色々と支障が出そうだ。

富士山が噴火したら火山灰のせいで車とかが壊れたり、それを吸った人間が肺疾患になるかもと言う可能性もあるとどっかで見たから、ヤバいか。

火山噴火って海にもなにやら軽石とかが流れて船の排水機関とかを故障させる事もあるらしいし、考えてみたら大噴火で海の航海までストップしたら日本人が餓死するわ。


戦国時代の噴火は冷夏になって不作のせいで食糧不足になっただけで特に健康上の問題は無かったんだろうと勝手に思っていたが、あの時代は精密機器なんて無かったから全世界の気温を下げるほどの火山灰が大気中にばら撒かれても農業以外の影響を認識されなかっただけなのかも?

考えてみたら地球全部の温度を下げるぐらいの灰が大気に混ぜ込まれた場合に人間社会へどの程度影響があるかなんて予測できないから、安易に要請するべきじゃないね。


戦国時代の冷夏だって、火山灰による健康被害の報告がなかったのって単にお互いの殺し合いとか餓死が多すぎるせいで肺疾患が目立たなかっただけの可能性もあるし。


『時折噴火している山を刺激して少し噴き出させる程度ならまだしも、世界中に影響がある様な大噴火を引き起こそうと思ったら火龍であろうとそれなりの年月を掛けて力を蓄える必要がある。

準備が整った頃にはお主らどころかお主らの子孫のそのまた子孫も寿命を迎えておると思うぞ?』

私が提案を撤回する前に、白龍さまがあっさりと大噴火アイディアの問題点を指摘した。


そっか。

数百年とか掛かるんだったら、その頃には地球はとっくのとうに滅びているよね〜。

もしくは人類が温暖化とか核戦争とかの危機をちゃんと乗り越えているか。

多分前者になりそうな気がする私はちょっと悲観的過ぎるかなぁ。


戦国時代とか江戸時代に比べて病気や飢えや争いで死ぬ確率はぐっと下がって平均寿命もがっつり伸びたが、数百年後に人類が生き残っている確率は激減したよね。

なんとも世知辛い。



「やっぱ自然って大きいねぇ」

碧が源之助を撫でながら言った。


だね〜。

魔術師だろうと個人になんとか出来る問題じゃあ無かったか。





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