自立と自己管理

第955話 快適生活ラボへの依頼

「凛、おかえり〜。

そう言えばさ、近いうちに快適生活ラボとして依頼を一つ受けて貰っても良いかな?」


暑い最中、クリームの甘さと皮のパリッとした食感が恋しくなってクレープを買いに出ていた私が戻ってきたら碧がリビングから声を掛けてきた。


あのクレープ、意外と高いんだけどねぇ。

キッチンカーでその場で皮を焼いてバナナと生クリームを乗せてチョコとナッツを掛けるだけで650円。実は◯マゾンのプライム契約の月額よりも高いのだ。

しかも月に2回ぐらい食べているから年間で1万5千円以上クレープに掛けている事になる。


薄力粉とクリームを買い、家にある牛乳、砂糖と卵を足して自分で作る方がずっと安いと思うし、練習すればそれなりにクレープの皮だって焼くのは難しくは無いんだろうけどねぇ。


フライパンだと破らずに裏返すのがちょっと厳しいかもだが、ホットプレートを使えば可能だろう。

真夏にクーラーを使いながらホットプレートで料理ってちょっと電気代の無駄という気もするが、何と言ってもウチには炎華が居るから酷暑で部屋に注ぎ込まれる熱のかなりの部分は彼女に吸収して貰っているので、エアコンの電気代は他の家に比べると桁違いに安い筈。


とは言え。

自分でホイップするにせよ、ギュッと絞るだけでいいホイップされているのを買うにせよ、生クリームが2人で食べても一食分では済まない量なのがちょっと問題なんだよね。


2日か3日連続でクレープを食べるとなると、いくら好きでもちょっと微妙かも?

まあ、中身を工夫すれば飽きないかもだけど、気軽に食べたい甘味に工夫が必要になる時点で『650円なんて安いもんじゃん』となるんだよね。


それはさておき。

依頼を受けて欲しいってことは黒魔術師用の要請かね?

「構わないよ〜。

誰か死んじゃった人の召喚?

生きている人の記憶読みは場合によってはちょっと微妙だけど」

読んだ記憶を紙に念写出来るとかじゃないから、記憶を読むのってかなり主観的になるから依頼主にとってあまり満足のいく結果にならない事が多いんだよね。


意識誘導も黒魔術師の得意技だが、流石にこれはヤバいから依頼されることはないと思いたい。


「そ〜。

昔近所に住んでいた知り合いのお姉さんの父親が亡くなったらしくって。

なんか高校くらいの頃から彼女の双子の兄貴の描いた絵が定期的に強奪されていたから、それの行き先を知りたいらしくて」

碧がタブレットを置きながら教えてくれた。


生きている間にはいくら問いただしても教えて貰えなかった答えを、今度は霊から問答無用でこっちが強奪したいってところなのかね?

でも、碧より年上なら既に成人していたんだろうから、生きている間だってそれなりに父親と戦えただろうに。


絵を描くとなったらキャンバスや絵の具にお金が掛かるし、絵を描くスペースだってそれなりに明るさと広さが必要だしで、売れない画家って言うのは金が掛かる筈。


パトロン代わりに父親が金を出していたんだとしたら、ある意味その出資の成果である絵を何枚か貰う権利はありそうな気もするけどね。


まあ、高額で売れていたんだったらそれを全部親がゲットするのは駄目だけど。


「ちなみにその絵を売った先から買い戻したいの?

それとも隠した場所が分からないとか?」

ある意味死んで遺産の一部になったんだったら探す権利は子供達にあるだろうから、生前の金の動きとかで追跡出来ないのかね?


燃やしていたとか粗大ゴミに出してたってんだったら息子の目の前でやるか、放置するかだと思う。


「なんかねぇ、画商とかに聞いて回ったけど特に売られた形跡は無いみたいで。

まあ、兄さんも中学生の時にコンテストで一位になって以来は全然絵を発表していなかったから売られても探しにくいって言うのもあるみたいだけど」

肩を竦めながら碧が言った。


確かに絵なんてデータベースに入れにくいから、余程特徴的なサインがあるとかシンボルマークが絵に含まれるとかって言うんじゃ無い限り、そもそも違う人の名前で売り出されていても分からないよね。


それが偶然ギャラリーとかで売られているのを画家本人とか画風をよく知っている周囲の人間が目撃したとかじゃ無い限り、普通の絵が他人の名前で売られていたところで分からないだろう。

画家の名前なんて雅号だっけ?ペンネームみたいのを使ったんだって言えば本名と違ったところでオッケーだろうし。


絵を売る際って本人確認とかするのかな?

盗品を売りつけられるリスク回避の為にも本人確認は必要そうだけど、売ってるこの絵を自分が描きましたって嘘を言われてもそうそうそれを証明できないよね。


それはさておき。

「娘さんの依頼で父親を召喚して霊に聞くのは良いけど、絵が既に誰かに売られてるとか捨てられていたとかで手元に戻らない可能性は高いよ?

それは分かっているんだよね?」

強奪した絵をどうしたかは聞けるが、そのアクションの後の事は保証はない。


「うん、それは構わないってさ。

見つかるなら見つけたい、見つからないにしても何を考えてどうしていたのかを知っておきたいんだって」

碧が応じた。


親と子の関係って色々複雑で拗れやすいよねぇ。

画家なんて金になりにくそうな金持ちの道楽っぽいキャリアだし。

当たれば大きいけど、昔は画商なんかが態と良い絵を安く買い叩いて売りに出さず、画家が死ぬのを待つなんて事もあったらしいからねぇ。


依頼として死者に尋ねる分には構わないけどさ。

後味が悪い結果に繋がらないことを祈っておこう。







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