第953話 万全を期そう

城跡があった丘の手前で碧が祝詞を唱えている。

実際のところ、ここら辺一帯の悪霊は古すぎるし戦での死が当たり前過ぎて400年以上も怨みと自我を残すほど根性のあった霊はあまり居ないのだが、城跡で発掘作業みたいのを東川さんがするかもと言う事でここをメインに浄化している。


依頼でも城跡と周辺の古戦場跡を清めてくれってあるしね。


バス停からここまで来るルートも、戦場に掛かっていたと思われる部分で浄化の範囲から外れている箇所があったら後でそちらでもう一度やる予定だ。


マジで東川さんって憑かれやすい体質なのかも。

それこそ以前穢れたお茶で一族が早死にしていた連中の茶畑なんかと比べてもここら辺の穢れは薄いぐらいなのに、なんだってああも何度も悪霊に見つかって取り憑かれたのか、不思議でしょうがない。


今まで何度か図書館で調べ事の相談をした時は悪霊を憑けて居なかったから、もしかして領主だった当主の血って言うのがマジで何かその指揮下で死んだ兵とかの霊を集める効果があるんかね?


それとも研究したいとワクワクしながら歩き回っているせいでイラっとした霊に取り憑かれたとか?

情報を教えるから霊気を寄越せって一方的な取引っぽく押し売りもどきに取り憑いたんかね?


よく分からないが。

一応城跡とバス停ルート上は綺麗にするけど、その他の所を歩き回ったらまた悪霊を拾う可能性はあるっていうのはしっかり退魔協会に念押しして合意してもらった。

今回は東川さんがまた取り憑かれる可能性が高いので、一応別料金をこちらで払ってしっかり契約範囲は清められているのを確認してもらう事にしてある。

東川さんがクレーマーになるとは思わないが、あの憑かれやすさを考えるとまた憑かれたのを見た家族や知人に文句を言われかねないからね。


パン!と碧が手を合わせ、祝詞を終えた。

周囲に煌めきが広がり・・・一気に空気が綺麗になった感じだ。

清々しいぐらい?

いや、こうもクソ暑いと清々しいは言い過ぎかな。


尼寺の方だったら風が吹いていれば森のマイナスイオン効果で清々しいまでいけるかもだけど。


「うっし、尼寺に行こう!」

碧が振り返って声を上げた。


「お疲れ様〜。

そうだね、さっさとあっちも終わらせて、休憩しよう」

亜空間収納には保冷バッグに入れたおにぎりもいくつかあるが、暑過ぎて外でしっかり食べる気も起きない。

帰りに駅のそばの喫茶店にでも入って遅めのランチにしようかなぁ。


尼寺の清めが終わったらピクニックがてらランチを食べても良いかと食べ物も持ってきたんだけど、暑い最中を歩き過ぎたせいか胃までも疲れた感じだ。



「なんかさぁ、暑いと体力まで削られる感じだね・・・」

こないだよりもゆっくり山を登りながら呟く。


「長野ほど高さがないせいか暑さがより厳しい感じだし、マジで今の時期って歩き回るのに向いてないよねぇ」

碧が合意してくれたが・・・碧の方がすいすいと疲れを感じていない様子で動いている。

やっぱ諏訪育ちだと山でのハイキングに慣れているのかなぁ。


「ちょっと待って」

足を止めてスポーツドリンクを取り出して飲む。


「あ、凛。

もっと飲んだ方が良いよ。

ちょっと汗のかき過ぎでミネラルバランスが狂ってるっぽい」

ペットボトルを口から下げて蓋をしようとした私に碧が助言してきた。


え、マジ?

そんなの見るだけで分かるんだ?


草陰でトイレする羽目になるのが嫌だったから飲む量を心持ち制限していたんだけど、この暑さではそれは賢い行動ではなかったようだ。

汗の分ぐらいは飲んでいたつもりだったんだけど、足りなかったかぁ。


碧の言う通りにスポーツドリンクをほぼペットボトル一本分飲み終えたところで碧が私の肩に手を触れ、何かをしてくれた。


「おお?!

なんか疲れがちょっと取れた感じ?!」

こう、体の重みっていうか暑苦しい空気の圧迫感と言うかが減った感じだ。

こんなに疲れているなんて自覚してなかったんだけど、意外と疲れが溜まっていたっぽい。


「ここ数日急に暑くなってクーラー漬けな日が続いていたしね。

クーラー付けっぱなしで寝ている夜の涼しさと、この暑さとで体が上手く調整できなかったみたい。

ミネラルバランスを整えたから、楽になったでしょ?」

碧が言った。


「なったなった〜!

ありがとね!」

回復師ってマジで助かるわ〜。

それこそ最近バタバタ生徒や保護者が倒れると言う運動会なんかでも、回復師が一人いたら随分と助かりそう。


まあ、今の少子化の時代でも運動会をする小学校の数と回復師の数が吊り合っていないから、法律上の問題がなくても無理だろうけど。


気力と体力が復活したので尼寺へ向かって山道を登り、階段があったと思われる最後の急な勾配を上り切ったらあのスペースに着いた。


「ちょっと涼しいけど気分は良くないね」

溜め息を吐きながら碧が言った。


「でも、霊障が実際に気温を下げる効果があるっぽい検証結果とも言えるかも?

それともこれって単にゾクっと感じる体感なだけで温度は下がってないのかな」

温度計を持って来なかったのはちょっと失敗だったな。


まあ、どうでも良いんだけど。

幽霊を退治する昔の映画では実際に気温とかオーラ?とかを測定して霊的存在を認識してそこに攻撃を加えていた気がするが、現実では普通に退魔師がいるからねぇ。


物理的に悪霊の感知に使える科学的手法を開発する必要性はあまりない。

居るのが分かったところで浄化出来なきゃ意味がないんだし。


「じゃあ、昔の結界に沿って新しく結界を設置するからその中をガッツリ清めるって事で良いんだよね?」

碧に手筈を確認する。


何分ここは自我と怨みの強い悪霊が多いからねぇ。

しっかりきっちりと結界内を全て清めないと、何処かに隠れられて後から出て来られたりしたらマジで責任問題だ。


単に金銭的な問題というだけでなく、被害者の健康と命に関わりかねない。万全を期さないとね。






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