第950話 残骸じゃあボロボロだね

「う〜ん、なんかこう、実際の戦場ではなく、戦の後の落武者狩りで殺されて悪霊化でもしているんじゃない?

マイナーな武家がこんだけ広い範囲で戦えたとは思えないんだけど」

碧にナビゲートして貰って東川さんが歩き回って悪霊に憑かれた場所に辿り着いたが・・・重度に土地が穢れていると言う程でもない代わりに、目を閉じて霊視で集中すると彼方此方に悪霊が浅い眠りについていると思われる赤黒いと言うか薄暗いと言うかな残留思念みたいのが感じられる。


そこそこ古いからもう悪霊としての形が残っているかどうかは微妙なところなんだけど、多分東川さんがそこで戦って敗れた武家の事を考えながら歩き回ったせいでそれに注意を惹かれて集まって悪霊として彼に取り憑いた状態になったんじゃないかなぁ。


「なんか僅かな違和感がポツポツと随分と広い範囲で感じられるけど、あれら?」

碧も首を傾げながら聞いてくる。


白魔術師の碧じゃあ私より更に感じられないんだろうね。


「多分ね。

一人か二人、出来るだけ自我が残っているのに魔力を与えて少し質問してみるかなぁ」

でも、戦のドタバタの中で殺されたんだったらまだしも、敗戦だって事で必死になって逃げているところで殺されたんだったら過去の事を聞いてもパニック状態になっちゃってて役に立たなそう。


却って戦の前の段階の話だったらまともに覚えているかもだけど。

まあ、駄目そうだったら古戦場跡は諦めて、城跡の場所を確定させるだけでも良いか。


「全般的な穢れを祓うようにしたら霊も昇天するかな?」

碧がちょっと疑わしげに言う。


「碧に依頼が来てくれたら一帯を薄く広く清めれば良いだろうから、それが一番楽そうなんだけどねぇ。

まあ、なんだったら古戦場跡は分からなかったからそっちの依頼は無理、城跡だけ見つけて清めさせた上で、相変わらず発掘作業とか他の遺物を探して歩き回ると悪霊に取り憑かれるならここらへんを碧が清めるって提案をしても良いんじゃない?」


「そうかもね」

微妙に疑わしげな碧を横に、私は30メートルほど先の木の陰に佇む霊に近づき、魔力を少し注いだ。


「起きなさい。

ここは東氏最後の戦の場なの?」

魔力を更に注ぐと、ぼんやりとした魂火の様だった霊の残骸がやがてしっかりと形をとり、中年の武士姿になった。


丁髷が乱れて中途半端な長髪とハゲのコンビネーションになり、かなり違和感がある。

もっと身綺麗にしている時の姿に戻れば良いのに。

死んだ時の記憶にへばりついている為か、戦場の最後の場面から抜け出せないようだ。


『ああ、殿・・・奥方と跡取りの駿之助殿を北の東野氏の元へお連れする話だったのに、某がふがないばかりに、申し訳ござらぬ・・・』

何やら懺悔する様な声音で武士が謝る。


おやま。

もしかして、あの尼寺にいた女性と子供を更に何処かへ逃す筈だったのにそれが出来る前に死んでしまったのかな?


まあ、死なないで尼寺まで辿り着いても既に手遅れだった可能性も高そうだけど。


『命じます。

東氏の城は何処にあるのか、言いなさい』

もっと魔力を注ぎ、霊をこちらの命令に従わせる為に縛りつけながら命じる。


『あちらの丘の上だ』

霊がゆっくりと腕を上げて南西方向を示した。

丘っぽい所が何ヶ所かあるけど、もう一人ぐらい霊に場所を確認したらどの丘か確定できるかな?

取り敢えず霊の立っていた場所から示された方向へ線を引き、霊を土に還す。

「安らかに眠りなさい」


東川さんが歩き回って悪霊に取り憑かれた範囲の別の端ぐらいの方へ進み、そこでまたもう一体霊に魔力を与えて同じ事をしようとしたが・・・。

『畜生、折角の勝ち戦なのにあんな強い武将へ当たらせるなんて!

あの足軽頭、俺の妻に色目を使っていたから態と死なせようとしやがったな?!』

やっと形が取れるまで魔力を吸収した霊は何やら想定外な恨み言を言っていた。

勝ち戦って事は敵方かぁ。

そうだよね、勝ち戦だって死者は出るだろう。

勝った側の死者だったらちゃんと弔われて昇天していると思ったが、どうやらこの死者は上司と妻のイチャつき疑惑のせいで昇天出来なかったようだ。


『東氏の城はどっち?』

薄汚くてひょろりとした男なんかにそんな上司が殺してでも奪い取りたがる妻が居たとは思えないけどね〜。

まあ、昔の美男子の基準が今とは違う可能性はそれなりにあるけど。


『城?

あっちの川の向こうって話だったな。

俺たちはここで待ち伏せするよう命じられたから近くへは行っていない』

何やら霊にしか見えない相手を恨めしげに睨みながら答えが来る。


ふむ。

敵方の下っ端じゃあ城の位置なんてはっきりと分かっていなくても不思議はないか。

地図情報とかって昔は軍事情報としてそれなりに機密扱いだったらしいし。


「安らかに眠りなさい」


霊を土にかえし、地図を覗き込む。

「川の場所なんてそれなりに変わってそうだよねぇ」

碧が一緒に地図を見ながら言った。


「まあ、少なくとも高いところには無いとは思うけど・・・もう少し進んで別の霊に尋ねるか」


色々と霊に歴史的な事を聞いたら面白いかもと思ったけど、意外と役に立つ情報は齎さないね。

城の位置なんて言う大雑把な情報ですら入手に苦労するとなると、戦国時代の武家の同盟関係とか商業的流れとか宗教的問題とかを聞いてみても碌な返事が返ってこなそう。


これじゃあ歴史家から先祖の霊を呼び出して色々と聞いてみたいなんて依頼がいつか来ても、断った方が良さげだ。

まともな情報を引き出すのにどれだけ魔力を注がなきゃならないか、分かったもんじゃ無い。


ある意味、あの尼寺発の悪霊は恨みが強かったせいで自我が比較的はっきりしていたしショックを受けた死亡時の出来事の記憶が鮮明だったけど、普通に死んだ霊なんかじゃ碌に情報が残っていないのかも。


そこら辺に残っている残留思念から無理やり呼び出した霊じゃなく、ちゃんと媒介を使ったしっかりとした召喚だったらもっとまともな霊になるのかな?


取り敢えず。

まずは城跡を見つけなくちゃ。

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