第948話 都合が悪い人間の隔離場所

「まずは尼寺跡を確定させちゃおう」

病院に行って東川さんに昨日の除霊代のレシートを渡し、今回の場所特定の契約を交わした私達はバスに乗って東川さんに教わった場所に来ていた。

碧は東川さんと特に会う必要を感じないとの事だったので、バスの発着駅で待ち合わせた。


意外と碧って人見知りするよね〜。

大学のサークルの連中とは源之助に夢中になるまではそれなりに親しく付き合っていたし、私にも声を掛けてきてくれたし、人見知りって言うよりは退魔師の自分を一般人に知られるのが嫌なのかな?


まあ、除霊はともかく回復師としての能力を知られると色々と面倒そうだからねぇ。

苦しいんだから助けろとか、命に関わるんだから金なら払うって縋りついてくる人は子供の頃から数え切れないぐらい居たんだろう。


幾ら回復師が医者の監督下じゃないと治療を出来ない決まりだと言ったところで、だったら病院に一緒に行って医者の管理下で助けてくれと要求する人も多かっただろうし。


何故か人間って苦しんでいると、それを助ける能力があるなら助けるべきって言う権利意識を持つよねぇ。

まあ、医者を聖職視する日本ならではの考え方かもだけど。

前世だったら回復師に頼むには金と伝手が必要って言うのは当然な常識だったから、不治の病に苦しんでいるからって当然助けてくれるよねと縋り付くなんていう考えはなかった。

下手に縋り付いたら代価として家族が借金漬けで実質奴隷落ちなんて事もあり得たから、そこまでして助ける価値があるのかの見極めはシビアだったし。

自己破産も利率上限も無い世界での借金は危険だ。


もしかしたら、今世でも医療関係の拝金主義が露骨らしいアメリカだったら助ける能力があるなら助けるよねって言う考え方は無いかも?

あっちでは保険に入っているかクレジットカードを持っているかじゃ無いと、緊急時でも最低限のケアをしたら病院を追い出されるとか聞いた気がする。

公共的な金なし病院のドラマも見た気がするから、病院によるんかね?


でもあっちは薬もほぼ規制が無いせいでカナダよりもかなり高く、態々バスに乗って国境を越えて薬を買いに行く人もいるってニュースを以前見たから、どちらにせよ貧乏人の治療は難しい国なんだろうね。


それはさておき。

「その尼寺って戦で荒らされた後に復興されたのかな?

復興されたなら悪霊も鎮魂されてそうなものだけど」

碧が地図アプリで方向を確認しながら言った。


「昨日一晩で東川さんが調べたところだと、なんかこう、都合の悪い人を隔離する為の寺として復興された可能性が高いみたい?

だから手入れも必要最低限だし疫病なんかが流行って人の流れが止まるとうっかり中にいた貴人が死んでたなんて事もあるような場所で、明治時代には完全に廃れていたらしい」

と言うか、それって他にも悪霊になった人が居そうなもんだよね???

東川さんが探している城跡の関係者っぽい女性の悪霊に取り憑かれたのって偶然なのか必然なのか、ちょっと気になるところだ。


「そんな情報がネットで調べられるの??」

碧がびっくりしたように聞いてきた。


「なんか司書や研究者用のネットワークに色々と情報が埋もれているらしい?

かなりの部分は推測だとも言っていたから、見当違いかもだってさ」

まあ、取り敢えずその尼寺跡に行けば他の霊が居るか確認して、話をちょっと聞いてみても良い。


という事で地図アプリに従って歩く。

いや、正確には地図アプリでルートを確認した碧の後を私が付いて歩くって感じだね。

私は20メートルごとぐらいに地図を確認しながらじゃ無いと歩けないタイプなんだけど、碧って一度地図を確認したら殆ど最後までそれで辿り着けちゃうめっちゃ地図を読める女なんだよねぇ。


羨ましい。


現世ではGPS付き携帯と地図アプリがあるからどこに行くにも大して苦労しないけど、次がまた前世みたいな中世モドキっぽい世界だったら、方向感覚と地図の記憶がばっちりな碧みたいな能力って凄く便利そう。


方向を知る魔術は一応あるけど、脳裏なり空中なりに地図を出して現在地や目的地を確認できるようなマップスキルや魔術なんてものは存在しなかったからなぁ。


来世に生まれ変わった際にそんな能力は追加で貰えるなら大歓迎だけど、最初の生まれ変わりで時空系の能力が増えた以外は転生しても能力は増えなかったから、あまり期待は出来ない。


まあ、考えてみたら時空系の能力って文字的に位置情報の把握だって含まれるかもだから、誰かが便利なマッピング用の術を編み出している可能性はゼロでは無いが・・・魔術師って基本的にラノベの探索者や冒険者みたいに道無き道を進むようなサバイバル系の生活をする人間は少ないからなぁ。


普通に都会でぬくぬくと魔術師として働いている人間にはマッピング機能を術にするインセンティブはなさそう。


とは言え。

来世も魔術がある世界に生まれたら、是非とも魔術学院とか図書館とかでそう言うマッピング系の術が無いか、探してみたい。


「お、ここかな?

なんかオドロオドロシイし」

階段なのか坂なのかはっきりしない、ごろごろと岩が転がる斜面を登っていた碧が天辺に着いて立ち止まり、周囲を見回した。


見せてもらっていた地図には等高線が無かったから分からなかったが、どうやら尼寺はちょっとした小山の山頂にあったらしい。


そんでもって緑に囲まれた清々しい筈の森の中の場所は、かなりおどろおどろしく穢れ塗れだった。


うん。

東川さんに憑いていた女性の悪霊以外のも色々といるねぇ。

こんな所を歩き回った東川さんの気が知れないぞ。






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