第945話 バイト
怒りと怨みに満ちた悪霊が昇天したら、病室が明るくなったような感じがした。
あんな悪霊が大部屋に居たら他の入院患者の体調まで悪化しそうだから、個室に居て良かったね〜。
東川さんが自分で選んだのか、病院側が悪霊を疑って空いているベッドが無いって事にして個室に入れたのか知らないけど。
疑ったんだったらちゃんとその旨を伝えて回復師による除霊兼治療なり、退魔協会への依頼の推奨なりするべきだと思うけどね〜。
「ふう。
やっと息がちゃんと吸える様になった感じだ・・・」
ベッドの上で両腕を上げて伸びをしながら東川さんが言った。
「どうも、東川さんが探し当てたのはどこぞの武家の女子供が避難していた尼寺だったみたいですね。
東川さんが探している城跡の当主の家族なのか別の武家の関係者なのかは不明ですが、どうやら宗派争いの色合いが濃い戦で尼寺も襲撃され、自害を許されずにかなり酷い目に遭わされた挙句に嬲り殺されて子供と一緒に晒し首にされたせいで怒りと怨みで悪霊化した様です」
あの悪霊に子供の霊は吸収されていない様だったけど、別の悪霊になって彷徨っているのか、それとも子供はちゃんと昇天できたのか、ちょっと気になる所だね。
「あぁ〜。
あれは女性の苦しみと怨みだったのか・・・」
東川さんが呻くように言った。
悪霊に憑かれると、悪霊から怨みをひたすらぶつけられる事も多いが、悪霊になった原因である苦しみを追体験する事もあるらしい。
東川さんは嬲り殺された女性たちの苦しみを一部追体験したのかな?
良い事じゃないけど、女性の苦しみに理解が深まるのは良い事かも?
まあ、殴られて嬲られて殺されるのに男女の差はそれ程ないかもだけど。
「籠城して餓死した兵は知りませんが、戦場で死んだ兵や将は意外とそこまで重い怨みは抱かない事も多いですよ。
心残りはあるから昇天出来ずに彷徨っちゃう霊が多くても、少なくとも自分の家族と故郷を守る為に戦って死ぬって事にある程度納得している人が多いですから」
前世でも、ちゃんと処理できなかった戦場跡の死体が穢れや浮遊霊が乗り移られちゃってゾンビになるケースは良くあったが、深い怨みを持って悪霊になるのは戦場よりも普通の街中の方が多かった。
今まで東川さんが引っ付けていた悪霊も、普通の兵っぽいのが『死にたくなかった・・・』って感じにうだうだと現世にしがみ付いてはいたが、尼寺で亡くなった女性の霊に比べると怨みの度合いが二段階ぐらい低かった。
私の勝手な経験則的な段階評価なんで、客観的な怨みの基準がある訳じゃないけど。
「戦から避難した先で、しかも一度蹂躙された尼寺じゃあ何も参考になる資料や遺品はなさそうだけど・・・他にも霊が残っているなら祓って貰った方が良さそうかなぁ。
ちなみに、長谷川さんに戦場跡と城跡を悪霊の居る場所から割り出してもらうのって可能かな?
バイト料を払うよ?」
東川さんが聞いてきた。
「探す為に歩き回るのも楽しいって話では?」
入院前はそんな事を呑気に言っていたが。
「倒れる前の感じだったら神社で適時厄祓いをして貰えば、自分で見つけるまで探しても良いと思ったんだけどねぇ。
この尼寺の霊はさっさと祓わないと危険そうだし、何より・・・あのまま苦しみ続けるのは彼女達が可哀想だ。
尼寺の跡地を祓って貰うなら、他の場所も一緒に頼んだ方が経済的だろ?」
東川さんが応じた。
浄化する案件を纏めると割引が効くかは知らないが、少なくとも一回で全部回らせる方が調査費は安上がりにはなるだろう。
霊から城跡や戦場跡が見つかるかはやってみなければ分からないが・・・悪霊を憑けすぎてヤバい事になってないかと東川さんを定期的にチェックするのも忙しくなると面倒だし。さっさと場所を見つけるのに協力して、危険度を下げるか。
「まあ、良いですよ。
調査だけって事なので、成功報酬でその表の一番安いので良いです。
ただし、城跡が見つからなくてもその分のバイト料は時間給で1時間あたり1500円って事にする代わりに失敗しても責任はなしって事でいいですね?」
流石に確実に見つけると約束するのは無理だ。
まあ、今まで東川さんに憑いていたようなショボい悪霊が沢山いるならそれを何体か捕まえて城の方向を聞いたら何とかなりそうな気もするけど。
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