第944話 安らかに眠って

別のキャンパスの側にある大学病院までバスで行き、受付で東川さんの部屋を教わって見舞いに顔を出したら、彼は点滴チューブを挿した状態でベッドに横たわっていた。


ノックをして扉を更に開けたら目を開けてこちらを見たので、一応意識はあるっぽい。

「やらかしちゃいましたねぇ」

特大な悪霊を憑けてまっせ〜。


「やあ・・・。

なんかこう、命を吸い取られている様な感じがする。

これって女性がやったらダイエットになるのかな?」

弱々しく東川さんが応じた。

考えてみたら病院にはお守りを持って来れて無いだろうから、眠るのも儘ならないのかも?


ちなみに悪霊に取り憑かれると確かに生命力を奪い取られる効果もあるから、ダイエット効果も完全に間違いではないかな?


でも、生命力を削る事でダイエットにしようとするのは無謀だ。

「窶れるし肌や髪の毛の状態が劣化するので、ダイエットには向かないと思いますね〜」

体重は減るかもだが、見た目がボロくなるんじゃあ女性的にはダメだろう。


メタボなおっさんとかがやる分には『あり』かもだけど。

「取り敢えず、ですね。

悪霊祓いってこう言う値段になるんですが、今ここで祓っちゃいます?

誰か神社へ行くのを助けてくれる男性の知り合いが居たらそちらを試すのはありでしょうが・・・今回はちょっと強力な霊なので神社のお祓いで追い払えるかは微妙かも知れません。

退魔協会に電話で依頼するのも可能ですが、事前調査とかを考えると多分特急料金を払っても明日以降になるのは確実だと思います」

特急料金なんてあるのか知らないが、退魔協会ならきっとぼったくり価格なお急ぎ契約ってのも設定してあるよね。


前回パンフレットを渡した時は見せなかった料金表を取り出して、ベッドに横たわる東川さんの目の前に広げる。

意識不明だったら問答無用で祓ってあとで値段請求について悩むつもりだったのだが、折角意識がある状態で寝込んでいるのだ。


合意を貰ってササっと祓った方が良いだろう。

東川さんが顔を顰めながら表に目をやり、何故か片目を閉じて読み始めた。


あれ?

もしかして、酷い乱視なのかな?

確か乱視が酷いと物が複数に見えるとかって話だから、それじゃあ文字を読むは難しいんだろうね。

メガネを取ってくれと言われなかったけど。


気分が悪いところに申し訳ないけど、ここは踏ん張って頑張って貰いたい。

本当は退魔協会に依頼して欲しかったんだけどねぇ。

まあ、利益率は直接依頼を受ける方が良いから、東川さんが後からゴネさえしなければ悪い話じゃあ無いんだけど。


でも、直接依頼を受けていたらいつかは絶対にゴネて支払いを渋る相手に行き当たるだろう。

そうなると面倒そうだからなぁ。

まあ私だったらそっと意識誘導も使えるから、余程強い意志を持って私への支払いを踏み倒そうとしているんじゃ無い限り説得できるとは思うけど。

意識誘導でさり気無く約束を守る様説得できない程に、断固として支払いを踏み倒す決意を持っている人間だったら・・・諦めて今後の付き合いを断つつもりだ。


そんな相手から報酬を毟り取っても、後から訴えてくるとか悪評を流すとかするだろうから弁護士費用とかを考えると一回分の報酬を諦める方が正解だろう。


ただねぇ。

出来るだけ現世では意識誘導で人の意志を曲げるのは避けたい。

『秘密にしておいて下さいね』と約束した内容を破らない様にさせる程度ならまだしも、人の意志を大きく曲げるのをしょっちゅうやっていると、そのうち慣れちゃってついつい面倒になると使っちゃう様になりそうで怖い。


その先はきっとマイナスなカルマだ。


まあ、それはさておき。

東川さんは一体何をしちゃったんだろうね?

戦場跡じゃなくって城跡を見つけちゃってそこで弱い悪霊が大量に憑いて大変な事になったのかと思っていたが、視たところ憑いているのは『弱いの多数』ではなく、『強いの一体』だ。

まあ、この一体がメインな悪霊にいくつかの霊の怨みと苦しみが吸収されて合体したモノな可能性は高いけど。


そっと魔力を伸ばして悪霊に触れ、ソイツの記憶を読み取ろうとする。

古い悪霊って合体してきた元の人格の記憶がごちゃごちゃな事が多い上に、沁みる感じに痛いんであまり気持ちが良い経験じゃあ無いんだけどね。

どっかやばい所があるなら、話を聞いておいて東川さんをそこから遠ざけるよう誘導するか、先に除霊を依頼する様に説得した方が良い。


「除霊を頼むよ。

ちなみにランク的にはどれになるのかな?」

悪霊に関して詳しいことを読み取れる前に、東川さんが声を掛けてきた。


「神社で祓うのが難しいレベルなので上から3番目ぐらいですね。

ちなみに、どこで憑かれたか分かりました?

他にも同じぐらい危険な霊が居そうなら、そこら辺一帯の調査と除霊で更に下から3番目ぐらいの費用が掛かります」

東川に憑いている悪霊一体しか居ないならまだしも、こんなのが複数彷徨いている所に再度行って発掘作業やら調べ事とかをするなら、ちゃんと清めないと次はバスに乗る前に倒れて人知れず死んでしまう可能性もある。


「あ〜。

多分、ゾクっと寒気がしてヤバいと感じた辺なんだろうねぇ。

そこに城跡があるなら除霊依頼をした方が無難かな・・・」

溜め息を吐きながら東川さんが言った。


だね〜。

と言うか、元より憑かれたら神社で厄祓いして再度挑戦なんて言うスタンスは危険だと思うよ?


「取り敢えず、まずは東川さんに今憑いている霊を除霊しますね」

それっぽい祝詞をモゴモゴと唱えながらむんずと悪霊を掴み、記憶を探る。


やっぱ魔力をそっと触れさせて調べるより、こうやってむんずとやる方が力が通りやすい。


で。

悪霊は、どうやら戦国時代に滅ぼされたマイナーな武家の女子供だった様だ。

メインな人格が当主の奥さんっぽいものの、側室と思われる女性の霊も混じっているっぽくって微妙にブレてるが・・・どうやら、戦火を避ける為に尼寺に避難していたらそこも襲撃されて子供を盾に自害すら許されず、穢されて嬲られた挙句に子供諸共晒し首にされたっぽい。


寺に身を寄せていたら普通だったら見つかってもせめて自害ぐらいは許される事が多いらしいのだが、どうも敵方が違う宗派で戦いそのものも宗派争いの側面もあったせいで、却って寺や尼寺が真っ先に襲撃されたみたい?


まあ、そこら辺の情報はあやふやだったけど。


戦国時代のマイナーな武家の女子供なんて言う武家の中では一番弱い立場だったのが、最後まで踏み躙られて嬲り殺されるなんて可哀想に。


取り敢えず。

もう、怨みも怒りも手放して、来世へ行くと良いよ。

そう願いながら除霊の魔法陣に魔力を込め、悪霊を昇天させる。


次に生まれ変わるまで、安らかに眠っていてね。









  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る