第888話 安易に違法行為をするな

『来たにゃ!』

クルミの念話が私を起こしたのは諏訪から戻って2日後の夜中の1時過ぎだった。

毎晩じゃないのはこっちが油断するのを待っていたからなのかね?


「碧!

来たって!!」

慌ててベッドから飛び起きて碧に声を掛けながら、クルミの視野を共有する。


ゴソゴソ動いている音がするのと、霊視で郵便受けの前に人が立っているのが分かるがそれだけだ。


だめじゃん!

郵便受けの中からじゃあ相手が見えない!


『ハネナガ!

犯人が見える位置に移動して!』

ハネナガに声を掛け、視野共有をそちらに乗り換える。


『元より見える場所におる』

ふん、と言った感じの念話が返ってきた。


うわ!

突然目の前に男が現れて、思わず声をあげそうになった。

ハネナガは霊体なので人に見えないのを利用して、郵便受けの上に留まっていたようだ。


マスクと帽子でそこそこ顔が隠れているが、見えている範囲では若くチャラい感じな男がポケットの中から口の部分を切り開けた小さなペットボトルを取り出し、それに入れてあったシリンジを手に取ってシリンジの口部分に嵌めてた栓っぽいのを外している。


なるほど〜。

ああやってうっかり持ち歩いている間にシリンジから赤インクが出ない様にしているのか。


電車で人にぶつかって、前身の横ら辺から赤いシミが広がったら大騒ぎになるもんね。

溢れないようにする用心は重要だろう。


男が白いビニールっぽい手袋をした手で郵便受けを開け、シリンジを突っ込んでピュッとインクをぶちまけた。


あれ?

前回やった人間は手袋なんてしてなかったよね?

だから指紋が取れたんだし、防犯カメラでもちらっと映った場面では白い手袋を嵌めている様子は無かった。


前回の悪戯が終わった後に指紋の問題に気が付いた?

それとも別の人間?

改めてじっと見ると、ハネナガの視界にいる男の外見は防犯カメラの映像に映っていた人間とちょっと違う気がする。

角度が違うから確実じゃあないけど。


考えてみたら、私らへの嫌がらせを依頼した人間はどこに依頼を出したんだろ?

適当に暴力団か何か裏社会の集団にでも頼んだんだろうと思っていたけど、前科持ちなチンピラはまだしも、このチャラい男が暴力団の一員だと言うのはちょっとイメージに合わない感じだ。


まあ、ホストクラブなんかだって暴力団が運営している所が多いらしいから、チャラい人間でも暴力団の下位組織に属している可能性はあるけど。

売れないホストが小遣い稼ぎに郵便受けへの嫌がらせもしてるんかね?


そんな事を考えながら急いで出てきたら、同じく寝室から飛び出してきた碧と玄関前で合流した。


「どんな感じ?」


「なんか、チャラい若い男。

前回のチンピラとは別人かも?」


そう言いつつ、廊下に出て玄関の鍵を掛け、階段を降りていく。


赤インクをぶちまける作業が終わった男はマンションから出て、裏道の方へ進んでいる。

車で来てると便利なんだけどな〜と思いつつ階段で躓かないように気を付けながら降りていったら、男が原付の方に近づいて行くのは視えた。


「ありゃ。

車じゃなくって原付で来たみたい」


「残念。

取り敢えず、ちょっと貧血を起こした感じに倒れてもらおう」

碧が応じる。


だね。

『クルミ、そいつを昏倒させて。

ハネナガはそいつに近付く人間とかその近辺を見ている人間が居ないか、警戒してちょうだい』

インクが投入される瞬間に郵便受けから出てきて男の背中に取り付いたクルミと、斜め後ろを飛びながら追跡していたハネナガに足止めと警戒を頼む。


『了解にゃ〜』

『任せろ』


この時間帯に外を見ている人はいないと思いたいが・・・まあ、誰かが倒れたのを見かけても、すぐに通りすがりの人間が助けようとしているっぽいのが見えたら救急車は呼ばないよね?


と言うか、救急車とかを呼ばれたらさっさと姿を消すつもりだけど。

この時間帯にジャージで出歩いている説明が出来ない。

財布も携帯も持っていないから『ちょっとコンビニへ〜』と言えないんだよね。失敗した。


「大丈夫ですか〜?」

地面に蹲る感じな体勢で倒れる様に上手い事クルミが昏倒させてくれたようだ。

バッタンと変に頭から倒れてたら煩いし目を引くかもとちょっと心配していたのだが、上手くタイミングをはかってくれたみたい。

器用だね〜。

そこら辺は猫の本能なのかね?

源之助も何故か器用に私らが躓きそうになるタイミングで足元を横切るが。

あまりそう言う本能は発揮しないでくれる方が日常生活では好ましいのだが、今回は助かった。


「酔っ払いかな?」

男性の方に顔を近づけながら碧が空々しく言う。


「取り敢えず、何か吐いていたらそれが喉につかえていたら危険らしいから、横向きにしてみない?」

私も心配したような声を掛けて、男の肩に触れて記憶を探る。


ふむ。

聞いたこともない大学の2年生ねぇ。

で。

SNSで見かけたバイト??


マジかぁ。


『なんか、ネットの闇バイトを見かけて請け負ったみたい』

碧に読み取った情報を念話で伝える。


『マジ??

え、闇バイトって事は、依頼人には会ってないの?』

そっと介護している様な振りをしつつ男の尻ポケットを探って財布を取り出していた碧が驚いたようにこちらを振り返った。


『SNSで『大事な彼女を寝取られたから、寝取り野郎への嫌がらせを頼む』って言うバイトを請けて、暗号資産で支払いを受け取ったみたい』

野郎って私ら女なんだけどねぇ。

せめて性別ぐらい正しく認識しろよ。


でもまあ、闇バイトなんて請け負うのは男の方が多そうだから、ターゲットが女性だと言われるよりは『彼女を寝とったクソ野郎』って言われる方が、考えたらずな普通の学生が抵抗なく嫌がらせに加担するか。


しっかし。

困ったね。

これじゃあ誰が変な依頼を出しているのか分からないじゃん。


軽くなるにしても、白龍さまに天罰を下して誰なのかを調べて貰えないか、聞いてみるか。

コイツには・・・軽い天罰も下るけど、私も報復として暫く手が痺れて物を落としまくる様にでもしよう。

2週間程度で自然に回復するが、不便だし治るまではビビるだろう。

手袋を嵌めていたのだ。

違法行為であると自覚していたんだろうし、悪い事をした報いだとビビるが良い。



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