第877話 霊泉の利用価値
「こんにちは、樹く〜ん!」
碧が赤ちゃんを覗き込んで声を掛けている。
考えてみたら、今世で赤ちゃんを興味を持って間近に見るのって初めてかも?
電車の中や道を歩いている時にでベビーカーに乗せられている赤ちゃんはちらっと見る事はあるが、完全に赤の他人だと興味も湧かないんだよねぇ。
その点、美帆さんの赤ちゃんだと思うとそれなりに『可愛いな』とか『お、良い感じに鼻がすっとしてるから将来はイケメンになるかも?』なんて感想が勝手に浮かんでくる。
寒村時代は食生活が厳しかったし衛生環境も微妙だったからねぇ。
改めて見てみると、樹くんみたいに輝く様な健康で可愛い赤ちゃんなんて実は見慣れていなかった。
「元気そうですね」
まるで源之助を相手にしているかの様に指先をちょろちょろと動かして樹くんと遊ぼうとしている碧に対して、バタバタと手足を動かしている樹くんを見ながら美帆さんに声を掛ける。
「でしょ〜?
元気すぎて肺活量も凄いし、大変なのよ〜。
でもまあ、仕事が入っていない時は日中私が世話をする代わりに夕方から夜は恭弥さんが面倒を見てくれるんで、何とか休憩を取れるんだけどね」
美帆さんが応じる。
仕事から帰って来たら赤ちゃんの世話って言うのも大変そうな気がするが、先ほど昼食時に戻って来た恭弥さんのデロデロな様子を見る限り、赤ちゃんの世話を『義務』ではなく『権利』と感じているのか、楽しげだったから良いのだろう。
自分がトップなんだから仕事の量はそれなりに管理出来るだろうしね。
ある程度は。
突発的に何かあって忙しい時は美帆さんがそのまま樹くんの世話を見続けるだろうし、美帆さんに休みが必要になったら諏訪近辺には親族が沢山いるんだから誰かに助けて貰えるだろう。
「そう言えば、あの霊泉を土間にも出る様にして、足湯に入れる様にしたの。
使ってみない?」
美帆さんが提案して来た。
「あら!
良いわねぇ、是非使わせて」
碧が嬉しげに手を打つ。
昼食を食べてすぐに温泉に入るのはちょっとヘビーだからね。
足湯ぐらいが丁度いいだろう。
樹くんも連れて移動した土間には柵で覆われたベビーベッドが足湯のそばに置いてあり、そこに樹くんを寝かせた美帆さんも靴下を脱いで掛け流しっぽい足湯に足を入れてふ〜っと息を吐いた。
考えてみたら、赤ちゃんがいるとしっかり時間をかけてお風呂に浸かるなんて難しいよね。
夫が赤ちゃんの面倒を見てくれている間はそれなりに何とかなるだろうが、それでも何か手伝いが必要かもとか思うと長くゆったり浸かる気になれるか微妙そうだし。
折角の霊泉を子育てしながらも享受する為に、足湯を作ったのかな?
羨ましい。
酷い冷え性は碧が治してくれるが、やっぱ自然な体の冷えって言うのはどうしようもないからねぇ。
マンションではお風呂に入って体全体を温めても、上半身も温めているせいで暑くなりすぎて比較的直ぐに出てくるからか、意外とお風呂場の床とかであっさり足が冷えてお風呂を出てすぐにベッドに入っても足の指が冷えてたりするんだよねぇ。
その点、足湯で足先だけしっかり温めておけば長持ちしそうだ。
「くわぁ〜!
良いわね、これ!!」
足を浸けた碧がちょっとおっさん臭い声を上げた。
いや、貴女は全身が完全に健康状態なんだから冷え性にすら悩まされて無いでしょうに。
まあ、足湯って冷えてなくても凄く気持ちいいけどね。
「そう言えばさぁ、近所の知り合いとかに足湯を作った時に嬉しくってつい自慢しちゃったから、その後でも付き合い的な感じでウチに来て入りたがったら足湯に誘うんだけど・・・どっかでここが霊泉だって聞いた人が居て、足湯に使うんだったらそこに自分の骨董品を浸けさせてくれって言うのが来て困っちゃってるのよねぇ」
溜め息を吐きながら美帆さんが言った。
うん?
「温泉の水ってアルカリ性とか酸性とかなことが多いから、骨董品なんか浸けたら変色したりして大変でしょうに。
しかも木製だったらかなり致命的に痛む可能性が高いし」
軽く水に濡れた程度だったらすぐに拭いて陰干しすれば大丈夫だろうが、『浸ける』なんて言うレベルで濡らし続けたら不味いでしょうに。
「・・・もしかして、どっかの旧家の蔵にあったヤバい刃物系の骨董品?
穢れ祓いを霊泉でやれると期待している訳??」
碧が呆れた様に尋ねる。
ええ〜??
ヤバいレベルに穢れに侵されている様な危険な古い刃物を霊泉で清めて、普通に骨董品として売れる様にしようとしてるの??
「・・・ちなみに、それって代価はいかほどに出すつもりって言ってるんです?」
恐る恐る美帆さんに聞く。
「そこの排水するところに置くだけだったらタダで良いでしょ?って言って来てるのよ。
図々しいにも程があるでしょ?
変な物を赤ちゃんがいる家に持ち込まれるのは困るから断るって言っているのに、だったら自分の家まで霊泉の水を引いてくれだとか、霊泉の水をポリタンクに入れて譲ってくれだとか、基本的に対価を払う気は無いくせに利用しようと食らいついて離れないのよ〜。
最初の頃に足湯が嬉しくって近所の人を誘ったのは失敗だったわ〜」
首を振りながら美帆さんが言った。
確かに霊水がそのまま排水に流れ出ていくのは勿体無い気はするけど、それを自分の好きな様にタダで使わせろと他人に要求される謂れはないよねぇ。
だったらここの温泉が廃業して売りに出た時に買えばよかったんだから。
図々しい人っていつの世にも湧いて出るんだねぇ。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます