第852話 マジ?!

「こちらになります」

依頼を受けると返事をしたところ、『出来るだけ早く』とせっつかれたので2日後に工事予定地の最寄駅に行ったら、何やら疲れた感じな壮年のおっさんが駅まで迎えに来てくれた。


おっさん(横田氏と言う名前らしい)は自治体の治水工事関連の部署の主任だそうで、中間管理職の悲哀がちょっと滲み出ている感じに疲れていたが、特に我々にイチャモンつける事も執拗に話をしようとする事もなく、普通に我々をちょっとした高台に車で連れて来てくれた。


が。

「え・・・?

これ??」

横田氏が示した大きな石碑を見て、思わず私と碧はお互いに顔を見合わせて目を丸くしてしまった。


いや、これって悪霊の慰霊碑じゃ無いじゃん。

と言うか、元は悪霊スタートかも知れないけど、今は立派に祟り神と言うか祈りで怒りを昇華してランクアップした神っぽい感じだよ??


『・・・ワシ、長年ここの土地と人を守ってきたんだけど、要らなくなったの?』

人由来だからなのか、愛し子ではない私でも微かにご神体の声が聞こえる。


神様が忘れられて消えていく前に破棄されたらどうなるか知らないけど・・・怒りに身を任せた神って悪霊レベルじゃないと思う。

第一、折角土地を守ってくれているのに治水工事の為に壊して捨てるなんてあり得ないでしょう?!


「これって土地神に昇格してるよね??」

碧に確認の意味も込めて声を出して尋ねる。


「だと思う。

確かにこのご神体っぽい石を割ったり手荒く動かしたりしたら確実に祟られるとは思うけど、ここから動かして昇天させるってちょっと無謀だし・・・何よりも、多分川の氾濫とかを抑えてくれている力が減って却って水害が増える」

碧が頷いた。


地域一帯の祈りや願いを吸い上げて霊の格が上がって川の治水に手を貸すようになり、それに対する感謝の念で更に格を上げって感じで最初は単なる水害時に人を救って死んだ者の霊を祀るだけだったかも知れない石碑だけど、祈りと想いが霊の格上げに繋がってその神格が今まで存在し続けている珍しい例じゃ無いかな、これ。


祈りで霊が土地神ぽい感じになるのは昔は珍しく無かったかもだけど、時の流れと共に人が減り、祈る想いもなくなって霊の力が薄れて神格が落ちて消えてしまったのが多いんだと思う。

少なくとも実際に見たのは初めてだわ〜。


日光に修学旅行で行っても家康公の神格は見当たらなかった。

まあ、あれは私の覚醒前だったから気付かなかっただけな可能性もあるけど。

明治維新以降に家康に祈ろうと思う人間はあまり居なかっただろうから、江戸時代に神格を得ていたとしても弱っている可能性は高そうだ。


いつか近くに行ったら再度確認を兼ねて視てみたい気もするけど、神様に安易な好奇心で近付くのは危険だからなぁ。


それはさておき。

ここはそれなりに人がまだ多いし、川に対する危機感も強いから祈りも案外としっかり今でも届いていたみたいだ。


なのに政治家が治水工事の為に取り壊して悪霊扱いして昇天させようとするなんて・・・いったい地元の誰が政治家と組んで画策したんだろ??


「これって・・・退魔協会の調査員が霊力の有無しか分からない馬鹿なのか、それとも碧に嫌がらせをしたい阿呆なのか、はたまた直ぐにバレると分かっているのに買収されて頼まれた通りの報告書を提出した考えなしなのか、どれだと思う?」

もしかしたら白龍さまが手を貸せば何とかなると思って碧に依頼が行く様に裏で手を回したのかも知れないけど、これは無理やり祓おうとしちゃダメな存在でしょ。


いつの日か皆に忘れられて祈られなくなって蔑ろにされたら闇堕ちするかも知れないけど、現時点ではそれなりに祈りを受けているのに誰が勝手にこの石碑の『浄化』を依頼する手配をしたんだろ?


「えっと・・・やはり、これを移転させるのは問題ありですか?」

横田氏が聞いて来た。


「私たちはこれを移転させる為じゃなくって破棄するのに邪魔だから悪霊を祓って昇天させてくれと言う依頼を受けたんだけど・・・こちらは悪霊じゃ無いですよ?」

碧が呆れた様に横田氏に指摘する。


「はぁ??

勿論、悪霊じゃありませんよ!!

長年この街を守ってきてくれたヒラタ様です。

悪霊だなんてとんでもない!」


「どうも、依頼内容が何処かで変更されているみたいですね。

地元の方々も納得しているのでは無い様ですし、元より悪しき存在では無いので現在の状態では祓える存在でも祓うべき存在でも無いので、依頼をキャンセルしてどこで話が歪められたのか、確認してはどうでしょう?」


利益誘導の為に無駄に金を使って治水工事をしようとしている政治家も、地元の住民を激怒させる様な事は求めていないだろう。


まあ、工事関連の業者から裏献金をたっぷり受けていて、金が主目的なんだったら地方の街の住民が怒ろうと、そこで次の大雨の時に水害が起きようと、気にしていないのかもだけど。


折角長年街を守っていたのに追い出されて祟り神になった存在から祟られても知らんぞ?

悪霊ならまだしも、神様の祟りは必ずしも祓えないと思うぞ。


碧に泣きついても、白龍さまだったら更に天罰を追加で下しそうな気もするし。

水神系だけあって、治水には拘りがあるらしいよ?



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