第846話 敢えて受けるのもありかも

「なんで北川さんは精神科医に掛からなかったのかな?

ある日突然飢餓感が収まらなくなるなんて、普通に考えたら精神疾患の可能性も高いと思わない?

精神科医に行っていればあそこまで体型が膨れ上がる前に呪いだって分かったかもだったのに」

北川さんと別れ、駅に向かって歩きながら碧が言った。


「呪いか悪霊かを誤認する可能性はあるにしても、外的要因に齎されたと看破して退魔協会への紹介ぐらいはして貰えたかもだよねぇ。

まあ、精神病とかストレスとかノイローゼなんじゃないかって周囲に言われてムキになっていたのかも?」

自分でも何が起きているのか分からなくて混乱している時に、頭がおかしくなったんじゃないって言われたら余計にその意見に合意できなくなる事もあるだろう。


周囲の助言(あったならだけど)に抵抗したせいで何年間か知らないけど飢餓感と思う様にならない体と、他者からの蔑視とかに苦しむ羽目になったようだけど。


「う〜ん、ムキになるにしても、飢餓感が止まらないなんて呪いは不自然すぎてマジで誰か専門家と相談すべきだっただろうに。

単に気分が悪いとか頭が痛いって言う様な病気っぽい不調ならまだしも、飢餓感が止まらないってどう考えてもおかしいでしょ」

碧が首を振りながら言う。


「だねぇ。

最初の家族か彼氏かの対応が不味かったのかも?

身近な人からの言動って関係ない赤の他人からの言葉よりもグサッと突き刺さって感情的な反応を引き起こすことがあるからね〜」

他人が言ったことだったら無視するなり受け流すなりする様な内容も、大切に思っていた人間が言うと抜けない杭みたいに刺さったまま変な反応を起こすことがある。


とは言え。

流石に一度ぐらい精神科医に行ってみるべきだったと思うけどねぇ。

まあ、もしかしたら行ったけどそいつがヤブで超常的な外部的原因があると見抜けなかった可能性もあるが。

ちゃんと悪霊とか呪詛の事を習っていてもヤブはどの業界にだっているし、飢餓の呪詛なんて珍しくて呪詛だと思い至らない可能性も・・・ゼロでは無いのかも?


もしも見逃したのだとしたら、癌の影を見落とすのと同じぐらい重篤な誤診って事で訴えても良いんじゃないかと言う気はする。

あれだけ太ったら体にもかなり悪影響が生じている筈。

過度な体重や脂肪によってダメージを受けた関節や内臓が、これから痩せる事で元通りになる保証はないのだ。

呪いである事を、もっと早い段階で教えてあげられた精神科医が見逃したのだとしたら・・・責任は重大だ。


まあ、医療過誤なんて訴えるのはすごく大変らしいし、精神科医を医療過誤を訴える事が可能なのかすら知らないけど。


「呪詛返しを喰らった犯人から呪詛返し消去の依頼が来たらどうする?

まあ、確率的にはあまりないとは思うけど」

碧がちょっと悪戯っぽく笑いながら聞いてきた。


確かに、北川さんはまだしも呪詛を掛けた側は呪師とか退魔協会の存在を知っているんだろうから、返しを喰らったらそれをなんとかしようとするだろう。


「今まで一度も呪詛返しを喰らってないなんて事があるかね?

それなりに強力な呪詛だったしピンポイントで女性にとっては嫌な呪いだったから、前歴ありだろうと思うんだけどなぁ」


碧が肩を竦めた。

「まあ、退魔協会に依頼するなら今まで呪っていても、返されなかったんだろうね。

既に一度返しの消去を依頼しているなら腕の良い呪師にでも頼んだら消去出来るのかも?」


「がっつり金を毟り取られそうだねぇ。

・・・もしも呪詛返し消去の依頼が来たら、受けるだけ受けて、依頼中に他に呪詛を掛けた人が居ないか調べて、いた場合はそちらに呪詛返しの方法を教えてあげると良いかも?」


なんだったら北川さんに教えてあげても良い。

呪詛が消えてこれから体調を戻す途中の彼女だったら、他の呪詛被害者にも呪詛の実在を信じてもらえそうだ。

とは言え、考えてみたらどうやって情報を入手したのか説明出来ないから無理か。


「確かに!

本来だったら退魔協会の方で本当に今までに他に呪詛を掛けていないか調べるべきだろうし、呪師の情報も入手して警察に報告すべきなんだけどねぇ。

呪詛返しが起きた依頼主から『何とかしてくれ』って連絡が来たら呪師が逃げる合図だと見做しているのか、退魔協会が警察に通報しても呪師がちゃんと捕まった事なんて殆ど無いらしいよ」


なるほど。

「『警察に行くから消去してよ』って脅されても、どうせ裏の存在だから名前と連絡先を変えちゃうだけなのか」

まあ、一般人が裏社会の呪師を脅そうなんて考える方が間違いだよね。

去年のハロウィン騒ぎで仲介人も大分と捕まったから、少しは残った呪師も身動きが取れ難くなっていると良いんだけど。


もっとも、最近はダークウェブにある闇サイトが雨の後の筍の如く潰しても潰してもポコポコ出てくるから、イタチごっこは当局側に不利と新聞には書いてあった気がするが。


「ま、もしもマジで呪詛返しの消去の依頼が来たら、受けてあげよう」

ふふふ。

呪詛返しの消去なんて、以前の嵌められた女性の様なケースはまだしも普通の呪った人だったら自業自得で苦しめよと思っていたが、敢えて受けて他の被害者の呪詛返し代だと見做してそっちはボランティアで返してあげるのもありかも。





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