第837話 多すぎでしょう!

「すいませ〜ん、ここら辺にある筈のキシマ動物病院を探しているんですが、ご存知ありませんか?」

お弁当屋に入り込み、怠そうにジュースのケースを整理していた女性に声を掛ける。


「動物病院ですか?

・・・記憶にないですねぇ」

手を止めて考えてから、女性が首を横に振った。

まあ、そうだろうね。

適当にでっちあげた名前だし。


「分かりました。

どうもありがとうございました」

ブンブンと問答無用にお礼の様な素振りで手を取って握手もどきな感じに振り、その間に呪詛を返す。


軽い呪詛だからあっさり返ったが・・・一体何人呪っているんだろ、あの呪師は。


ちょっとびっくりした様な顔で肩を回し、周囲を見回している女性を放置してお弁当屋を出た。


「なんかこう、手当たり次第に呪っている感じだね。

頭がおかしいんじゃ無い??

呪詛返しのリスクがあるのに、お金も貰わずに気紛れに不特定多数へ呪詛を掛けるなんて狂気の沙汰だと思うんだけど」

外で待っていた碧が首を横に振りながら声を掛けてきた。


「だねぇ。

マジで信じられない、

弁当屋にスーパーにコンビニに銀行の警備員にラーメン屋。

マジで自分が使うところ全部で呪詛をばら撒いてる感じだね」

幸い、血や髪の毛と言った相手の生体指標マーカー無しで、相手に呪符を触れさせて呪いを掛ける軽いタイプだから相手も怠いとか漠然と具合が悪い程度な様だが・・・数が半端じゃ無い。


微かな呪詛の悪臭モドキを辿ってあちこちの店に入って適当な理由をつけて相手に触れて呪詛返しをして回っているのだが、いい加減・・・きりがない。


『街全体に結界を張って清めてはどうじゃな?

多少の支援ならしてやるぞ?』

白龍さまが横に現れて提案した。


「良いんですか?!」

完全に赤の他人で極端に被害も出ていない呪詛に手を貸してくれるなんて、ちょっと意外。


『これではいつになったら帰れるか分からんだろう。

細かな呪詛が蔓延していて気分が悪いしの』

白龍さまが不快そうに尻尾を振りながら言った。


ああ〜。

確かになんかこう、空気が穢れてて不快だよねぇ。

細かすぎて気が付かなかったが、確かに嫌な感じだわ。


「この調子だったら今日この時間帯に働いていない人も呪われてるでしょ。

結界の中を清めておけば1日か2日程度は返しの効果が残るでしょうし、そっちで行こう」

碧が頷きながら言った。


確かに、ちょっと思っていた以上に被害者が多くて、歩いて回っても返し切れない気はするね。

「雑で弱い呪詛だから碧の清めの祝詞で返せるとは思うけど、バレたら退魔協会から文句が来そうじゃ無い?

・・・田端氏にでも言って、街全体の穢れ落としも出来る範囲でお願いしますって言ってもらおうか」

実際に依頼として報酬を請求しなくても、警察との直接の依頼の一部としてやったって事にしたら誤魔化せそう?


あまり自発的に甘い事をやって、警察から便利使いできると思われても面倒だが。


「そうね。

ちょっと電話してあの呪師のせいで穢れが酷くて白龍さまが不快に思っているから清める、退魔協会が文句を言ってこない様に依頼の一部だったって事にしておいてって口裏を合わせておこう」

碧が携帯を取り出して言った。


「だね。

じゃあ、私は街の商店街がある範囲を結界で囲んでおくね」

小さめな地方都市とは言え、それなりなサイズだから自分で歩いて回るのは大変だ。あの呪師の住んでいた方向から駅の向こう側ぐらいまでをハネナガに動いてもらって範囲指定しよう。

ごく弱い、清めの気配を短期間保持するだけの結界だったらなんとか出来る、筈。


清めの祝詞をそんな広範囲に広げるのは大変そうだけど、そっちは白龍さまが助けてくれるんだろう。

通常だったら軽かろうが浄化の術をこんな範囲にかけようと思ったら何人掛かで儀式を行うか、何区分かに分けて1週間ぐらい掛けてやるべきものだが、碧だからね〜。

対呪詛特効があるからこれで返せると期待したい。


術がかかった後に、まだ回っていない店の店員でも確認すれば良いだろう。


・・・と言うか、効果を確認する為にまだ呪詛返ししていない人を碧が清める前に見つけておく方が良いね。

効果が足りるかの確認用の検体になって貰わないと。


こんなに広い範囲に結界を展開するのは久しぶりだし、私もすっからかんになっちゃいそうだが・・・最近は頑張って鍛錬してそこそこ魔力も増えてきているし、ギリギリ2日程度なら保つだろう。


呪詛を受けたのにこの街に2日以内に来る予定がない人は残念だが・・・そのうち神社にでも行った際にでも偶然呪詛を返せると期待しておこう。


さて。

どの位あの呪師に返っていくか、ある意味楽しみだ。






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