第834話 捕物

都合がいい事にこの呪師の家にはインターフォンが無いのか、玄関に近づいた若い女性は直接ドアの横にある安っぽい呼び鈴ボタンを押していた。


こう言う場合って馬鹿正直に『警察だ!』って言ったら犯人(容疑者か)が裏口から逃げちゃうとか証拠隠滅を図るとかしそうだけど、嘘をついて玄関を開けさせるのって許されるのかな?


証拠隠滅されるよりは白い嘘をつく方が良い気はするが、なんか日本ってそこら辺で変に理想論を持ち出して嘘は良く無いとか言い出しそうな気もしないでも無い。


まあ、理想論で言うなら部下が裏金作りをしたら任命責任をとって政治家も辞職しろよと思うけど。そこら辺の理想は華麗にスルーしているから、意味のない理想論は唱えないかも?


暫し待っていたが、もう一度呼び鈴を鳴らすかな〜と思い始めたところであっさり玄関が開き、若い男性が姿を現した。

「通称『通り掛かりの手助け人A』、呪詛禁止法違反で逮捕する!」

女性が大きな声をあげてばっと男性の腕を掴んだ。


『通り掛かりの手助け人A』って・・・ネットのハンドルネーム??

そっか、逮捕状って対象人物の名前が必要だけど、ネット経由でしか名前が出てない場合は通称でやるんだね。


大江さんの妹も呪師に会ってやり取りした際にちゃんと名前を聞いていなかったのか。

まあ、名前を言ったところで本名を名乗るとはどっちも思っていないだろうから意味が無かっただろうしね。


「離せ!」

男が慌ててポケットから何やら符を取り出して、女性に叩きつけた。


バチっという音と共に呪詛の穢れが飛び散る。

が。

やっぱあの若い男性、腕はイマイチっぽいねぇ。

至近距離で直接当てたのに、女性はちょっとふらついただけで手を離さなかった。

まあ、対象者の血も髪の毛も無しに使った呪詛だからどうしても効果は弱くなるんだろうけど。


女性がしがみついている間にもう一人の男性が後ろから取り付き、呪師のもう一方の腕を掴んで捻り上げてダン!と地面に押し倒して両腕を後ろで纏めて手錠を掛けた。


素早い。

これ程あっさり終わるなら、こんなに沢山人は要らなかったんじゃないの??

家の中の捜査の為の人員なのかもだけど。


わらわらと隠れていた人たちが出て来て、家の中に入っていった。

ある意味家の中の方が色々と罠がありそうだけど、先に私らに確認させなくて良いのかね?

漢解除的に体当たりで全部調べていって、最後に私らに解呪させるつもりなのかな。


まあ、呪詛だったら即死する様なのはそうそう無いだろうから大丈夫かな?

呪師としてこの男性の腕がそれ程良い感じでも無いし。


取り敢えず、捕物が終わった様なので人目につきそうな門の外から退いて玄関前に居る田端氏へ近付く。


「あ、お二方。

ちょっと彼女の腕が痺れてしまっているそうなのですが、様子を見て頂けますか?」

田端氏が声を掛けて来た。


「初歩的な呪詛ですね〜。

解呪しちゃって良いですか?

それとも証拠として暫く残す必要があるのでしょうか?

2、3日程度だったらそれ程悪化はしませんが、時間経過で良くはならないし、穢れを引き寄せやすくなるのであまり放置はしない方が良いですけど」


呪詛を使った証拠と言えるけど、呪詛って別に写真に写るわけでも無いからケガと違って祓っちゃったら証拠が消えちゃうんだよね。

と言うか、祓わないで残しても物理的にはいくら医療機関で調べても理由もなく本人が腕が痺れると言っているだけって事になるから、残しても意味はないか。


退魔協会に呪詛返しを依頼したら調査依頼でウン万円取られて『軽度の呪詛が掛けられています』って報告書を貰えるだろうけど、ある意味退魔協会のメンバーである私らが証言するのだって良い筈だ。

正式な報告書っぽいレポート様式を得る為だけに呪詛返しまで合わせて何十万円も払う意義はないだろう。


同じ様な事を考えたのか、田端氏は身振りで女性の方を示した。

「解呪しちゃって下さい。

今のは呪詛なんですね?

あの貼り付けた符を証拠品として持って帰ったら呪詛の証拠になるし、意味もなく捜査員の腕を不自由な状態にしておく事もないでしょう」


まあ、そうだよね〜。

「そんじゃ」


女性の腕に触れて呪詛を返す。

玄関の脇に座り込んでいた男性がびくりと反応した。


呪詛が返って腕が痺れて来たかな?

まあ、背中で手錠で留めてたらどちらにしてもそのうち腕が痺れそうだけど。

ある意味、大した腕前じゃないせいで呪詛返しのダメージも比較的軽症になって良かったね。


とは言え。

腕はイマイチだけど呪師本人の穢れは中々ヘビーだなぁ。

師匠と一緒に呪殺にも関わってきたのかな?


そう考えると、この若い男と立川少年の違いってなんだったんだろ?

立川少年は呪詛について学んでいたけどまだ呪殺には関わってなかったっぽいんだよなぁ。

師匠役のスタンスの違いか、本人の希望か、単なる偶然なのか。

日本の呪師業界における師匠制度の内幕とか、教えて貰えたら今後の参考になるかも?









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