第828話 見合いも怖い?

「あ、雇っただけなようですね、良かった」

大江さんの実家に行き、碧に眠らされた妹さんを見て安堵の溜め息が漏れた。

不満と妬みでそれなりに魂が穢れてはいるが、少なくとも呪詛を自分から学んだタイプの汚れではない。


良かった。

呪いを掛けられても大江さんは妹の事を家族として見ている様だったから、呪師として対処することになったら色々角が立つかなぁと心配になっていたんだよね。


ラノベだったら良い家の困ったちゃんは修道院に放り込めば世俗から隔離できて悪事も出来なくなる設定が多いが、現実の今の世にそんな都合のいい施設は存在しない。


中途半端に人権意識があるせいで、ヤバい知識を身に付けちゃった人も実際に取り返しの付かない被害を出す前は厳重注意しか出来ず、危険性が一線を越えちゃった事を証明したら今度は他者を守る為に死罪にするしかほぼ選択肢が無くなる。


人権を守る為に出来る事が限られちゃうと、却って死罪なんて言う大きなステップになっちゃうんだよねぇ。

まだ魔術師(と言うか退魔師)だったら魔力を封じればそれで周囲の安全性を確保できるんだけど、呪詛は命を使えば色々出来ちゃうから困るのだ。


普通の金で雇われる職業呪師は基本的に魔力持ちで、魔力(日本なら霊力って呼んでるけど)で呪詛を編み出して呪いを掛ける。

だが、マジで死んでも良いぐらいの恨みがあったら、呪詛って魔力が封じられていても血(と言うか命)で呪詛を紡げちゃうんだよねぇ。


だから、『魔力を封じれば解決』とは出来ないのだ。

捕まって生活の糧を封じられたことを恨まない相手だったら魔力を封じるだけで良いんだけど・・・誰が大人しく封じられ、誰が怒り狂って命を賭けて恨みを晴らそうとするか、分からないところが怖い。


ある意味、魔力の封印と一緒に記憶を消去すれば良いんだろうけど・・・退魔協会がそんな処理を請け負っているとは思えない。

と言うか、田端氏に聞いた際に捕まった呪師の扱いに関してそう言う話が出てこなかったから、退魔師は適性次第では記憶を消せるってこと自体を退魔協会は公には認めていないんだろうね。


記憶の削除なんて出来ると認めたら、現代の法制度とかで想定されていない行為が色々出来ちゃって、当局も対処できない事が増えちゃうだろうし。


個人レベルで見るなら殺すよりは記憶を消す方がマシだろうけど、社会全体で見ると記憶を消せちゃう黒魔術師や退魔師をどう扱うかって言うのが問題になりすぎるからね。


居ないものとして存在を認めないのが一番無難なんだろうなぁ。

現代だったら記憶を消せちゃう悪の大魔術師が出てきても、データベースや防犯カメラの情報とかを自由に弄れないから、前世の過去に居た大魔術師みたいに社会をひっくり返しそうな程の悪事は働けないだろうし。


取り敢えず。

嘘をつかない様に妹さんへ意識誘導の術を掛ける。

「じゃあ碧、起こしちゃって」


「ほいほ〜い」

気軽な感じで碧がトンっとおでこに触れたら妹さんの目が開いた。


で。

「げぇぇぇ!」

と側に準備してあったバケツに嘔吐。


大江さんに掛けた呪詛は血の手形で脅かすのプラス気分が悪くなる効果付きだったからね。

倍返しの上に補助具の効果も一気に返ってきたせいで、『ちょっと不調?』ぐらいの呪詛が『ガッツリ吐く』までグレードアップしたようだ。


「なんで呪詛なんてモノ私に掛けようと思ったの?」

大江さんが溜め息を吐いて濡らしたタオルを渡しつつ妹さんに尋ねる。


・・・なんか随分と穏やかだね?

呪詛だよ?

呪われたんだよ??

もっと激怒するとか、裏切られた!!って悲しむとか、しないの?


家では確かに淡々とした様子だったけど、てっきりあれでも我慢して感情を抑えているだけなのかと思っていた。


でも、妹さんの感情や記憶を感知する為に周囲の感情とかをフルで受け取る状態にしているのに、大江さんから特に激情と言える程の感情は無い。


「だって。

ずるいじゃ無い姉さんばっかり良い思いをしてるなんて」

不貞腐れた様に妹さんが返す。


いや、建築業みたいな男性優位な業界で働いていたら『良い思い』よりも『悔しい思い』とか『人一倍の努力をしてやっと同期の男性と同等な扱いをされる理不尽さ』とかをたっぷり経験していると思うけど?


「どうしても満足できる相手が見つからないなら、どこかの子会社で働けば良いでしょ?

今時だったら若ければ何らかの仕事はある筈よ?

なんだったらスーパーのレジで働くのだって、家賃が掛からない実家住まいだったら暮らしていけるでしょう」

溜め息を吐きながら大江さんが言う。


なんか、思っていたよりも甘く無い??

もっとビシッと説教して、断罪するかと思っていたんだけど。


と言うか、こうやって会ってみると妹さんも恨んでいると言うか妬んでいるって言うのもちょっとした僻みに毛が生えた程度な感じだ。


呪詛ってそんなに気軽に手を出すモノじゃ無い筈なんだけど??


「ちなみに、呪詛は違法行為です。

どこで呪詛の依頼を出来るか知ったのか、教えて下さい」

田端氏もちょっと付き合いきれんと思ったのか、サクッとビジネスライクに口を挟んできた。


「ああ、見合いで上手くいかなかった女性が文句を言うサイトに出てたのよ。

そこでは失礼なことを言ってきた男へ使うのを勧めていたわ」


・・・ええぇぇ??




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