第813話 悪霊=悪意のある霊

「うわぁ!」

足を取られた大江さんがコンテナハウスの入り口の段のところから転がり落ちる。

彼女の足を引っ張った悪霊が膝へ変な風に力が掛かる様に器用に足を押すのまで視えた。

げぇぇ。

嫌な知識持ちな悪霊だ。

あのリッチもどきのせいか、妙に知性が残ってない??


『なんか膝かどっかが逝っちゃってるかも?!

本人大江さんが気付く前にさり気無く治せる?』

駆け寄りながら碧に尋ねる。


元々悪霊だらけな所で働いているのだから、私たちが来る前から危険には晒されていた筈だ。

だが、先にこのコンテナハウスや機器置き場を清めておかなかったのは私たちだし、何と言っても声を掛けて注意を引いたせいで転び易くなったのだ。


医者の監督下じゃなきゃ治療できないなんて言う建前が邪魔する前に治せると良いのだが。


『任せといて』

先に大江さんの所に辿り着いた碧が彼女が立ち上がるのに手を貸し、埃を払う感じに軽く足を叩いてあげた。


「大丈夫ですか?」


「なんかグキっとヤバい感じに逝った感覚があったんだけど・・・大丈夫みたい?」

ゆっくりと足を動かしてそっと足に体重を乗せてみながら大江さんが答えた。


「この現場って転倒事故が多いんですか?」

露骨に他の現場と違ったら作業員が怖がって来なくなっちゃいそうなもんだけど。


「まあ、心持ち多めってところですかね?

寒いとどうしても体の動きが鈍くなりますし」

肩を竦めながら大江さんが応じた。


う〜ん、ヤバいって評判で、悪霊祓いまで呼ばれているのに楽観的だねぇ。

まあ、気にし過ぎて怯えると悪霊につけ込まれやすくなるから、ちょっと鈍感な位の方が良いか。

面倒だけど、私たちが週2回通えば暖かくなるまでに殆どの部分の浄化が終わる筈だ。現場の人間は『寒い間は気を付けなきゃ』って思っていれば大丈夫かな?


「そうですか。

確かに寒いと体が思う様に動かないですよね。

ところで、ちょっと歩き回って冷えたしお腹が空いたので、仕事に取り掛かる前に軽くカロリー補給に行ってこようと思うんですが、ここら辺でお勧めな店ってご存知ですか?」

女性だからと言う事で(多分だけど)ヤバげな仕事を押し付けられ、それでも今後のキャリアの為にも有能さを証明しなきゃならない大江さんに近所の美味しい店を開拓する暇があったかは不明だけどね。

でも、長期な仕事だったら少しは息抜きに情報収集しているんじゃ無いかな?


「あ〜・・・あまり近所を探索する暇が無かったんですよねぇ。

あちらの方にあるホテルにレストランと軽食が食べられる喫茶店がありますね。

ずば抜けて美味しいって訳では無いですが、それなりに悪くは無いと思いますよ」

西の方を指しながら大江さんが教えてくれた。


そういえば、あっちにウチらが緊急大型依頼で来た際に泊まったホテルがあったか。

そこそこ良い家の退魔師も文句を言わずに泊まって接待されていた様だから、それなりな腕のシェフが居るのかな?


最近は生き残りを掛けて地方のホテルとかも頑張っているらしいし、インバウンドの客目当てにお洒落なメニューとか純和風なメニューとか工夫して居るのかも?

前回来た時は初めての大型案件って事で緊張していてあまり食べ物に注意を払って居なかったが、試してみても良いかもだね。


「じゃあ、ちょっと試して来ますね〜」

うっかり躓いて転んだだけと思って居る大江さんに挨拶して、車の方へ。

大江さんが碧と足の調子を確認して居る間に、急いで段差があるコンテナハウスの入り口付近だけを足を引っ張った悪霊ごと浄化しておいた。

お陰で魔力がすっからかんになっちゃってちょっと辛い。


「大江さんを治して魔力の方は大丈夫だった?」

車の座席に座り込んでちょっと休みながら碧にも尋ねる。


「怪我して直ぐの治療って実は除霊よりも楽なんだよね。

まだ内出血も殆どしてなかったし、骨とかも折れては居なかったし。

凛こそ、あの悪霊を浄化してたけど大丈夫?」

碧が応じる。


「何とかね〜。

どうも研究者側の人間だったっぽい。

施設が火事になった時は無事逃げ出したけど、当然その後にあのリッチもどきに祟り殺されて、ずっと飴を舐めるが如くじわじわと苦しみを楽しまれてきたらしい。

そんなリッチもどきから解放されて直ぐにやることが、他人に不幸を振り撒く事ってところがマジで救いがないよねぇ」

エンジンを掛けながら浄化する前に読み取った情報を共用する。


「え、まじ?!」

碧がシートベルトを装着しながら聞き返してきた。


「なんかもう気が狂っていたけど、悪意マシマシ状態がデフォなのか人を痛めつけたいって意思だけしか残ってない感じだったね。

違法とはいえ人体実験を含めた治験をしようとするのって、元々は人の役に立つ医療技術を確立したいって思いからだったんじゃないのかね?

なんかもう、人体の知識を如何に効率的に人を痛めつけるのに使えるかしか考えて無かったけど」


碧が顔を顰めた。

「なにそれ。

まあ、悪霊なんだからしょうがないかもだけど・・・迷惑だね」


本当にね。

「あのリッチもどきはここの再開発は断固として許すつもりは無かったけど、下っ端の作業員とかに害を及ぼしたいとは思って居なかったんだよね。

ある意味、強者を挫き弱者は無視ってタイプだったから、彼が集めた悪霊の行為にも制限を課していたっぽい?

だからあのリッチもどきが居なくなった事で却って現場は危険になったかも」

悪意がある霊が悪霊になるのだ。

集められた悪霊は制約が無かったら何をするかは・・・ある意味当然の帰結かも。


「あらま。

じゃあ、急いで美味しいおやつを食べて、決めた範囲を浄化しないとね」


だね〜。










  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る