第811話 報告するべきか否か

「・・・逝った?」

祝詞を終えて手を打ち合わせた姿勢で止まっていた碧がそっと手を離しながら言った。


「みたい」

『やったか?!』は第二段階に進化したラスボス(中ボスも?)が出てくるフラグだが、現実では流石にそれはないと思いたい。


さっきの悪霊は確実に昇天したのは視ていたし、流石にもう一体リッチもどきが居るとは考えたく無い。

ここで行われていた行為を鑑みれば絶対に有り得ないとは言えないが、黒魔術師の才能持ちがそんなに沢山いる訳では無いし、才能を持った人間が拷問まがいな虐待を受けたところで全員がリッチになる訳でもないからね。


『人は稀に苦しみや死で存在進化するからの。

これからも穢れが執拗に残る様な場所に行く時は気を付けるのじゃな』

白龍さまがひょいっと碧の肩に乗りながら言った。


「やっぱこっちの世界でも悪霊がリッチに存在進化しちゃう場合ってあるんですね?」

リッチって元々増殖しないタイプの魔物だから前世でも少なかったんだけど、ある意味才能と苦しみと死があれば人間が存在の段位を上げて『成る』可能性がある存在だから、魔素が薄い場所でも発生し得るって理論が前世ではあったんだよねぇ。


基本的に魔物ってどっかの境界門から入ってくるか、魔境みたいな魔素の濃い地域で自然発生するかなのが典型的なパターンだから、前世では人里付近で強力な魔物による被害が出ることはあまり無かった。


が。

リッチは例外なのだ。

どっかの貴族が領民を虐待していたり、気狂い魔術師が違法実験をしていたりすると街のど真ん中で生まれ出る事もあるから、要注意な存在だった。


まあ、生まれたてのリッチって穢れが濃厚だからそれなりに見つかりやすいけど・・・他の理由で悪霊が沢山いると思われていると、想定外な遭遇になる事は時折あると前世でも聞いた。

今回もある意味そのケースだよね。


しかもあのリッチもどきは年月を経て瘴気をある程度隠せるようになっていた様だし。

あいつが死んでリッチもどきになる前から、この病院は穢れが凄い事になっていたんだろうなぁ。

はっきり言って、体調が悪いからって穢れが濃厚で悪霊が彷徨くような病院に来たら却って命に関わる事態になっただろう。


病院が廃業したのは当然の流れだね。

と言うか、病人が来るところで穢れが発生するような悪事を働くなよ!!!と言いたい。

悪事は最初からするなとも思うけど。


貴族の虐待とか魔術師の違法実験とかがほぼあり得ない現世だったらリッチも居ないだろうと思っていたんだが、やっぱ人間の残虐性って何処の世界でも存在するんだねぇ。


「祟りが凄すぎる相手は、倒せなかったら崇める事で宥めて神様になってもらうのが日本の流儀だけど・・・今の時代じゃあそれも難しいだろうからマジで要注意だね。

まあ、今だったらそこまで酷い事もそうそう出来ないだろうし、祟りで呪い殺そうと思い付く犠牲者も少ないだろうけど」

碧が溜め息を吐きながら言った。


そっか。菅原道真とかもリッチ化した悪霊だったのかな?

誰にも浄化出来ないから神様扱いして宥めたのか。

リッチ化する程の怨みがあったって事は、単に『政争に負けて島流しになった』ってだけじゃあ無かったんだろうね。


白龍さまクラスの幻獣や神族に手伝って貰えば何とか退治できたかもだが、都合よく手伝ってくれる存在が居なかったんだろうな。


・・・現世に残っている氏神さまは少ないって話だし、マジもんのリッチが発生しちゃったら今じゃあお手上げなんじゃ無い??

と言うか、日本ならまだしも単一神の地域じゃあ幻獣や神族が宗教上の排斥対象だっただろうし、地球に残って気に入った住民を助けるなんて事をする可能性も限りなく低いんじゃない?

そう言うところでリッチもどきが発生したらどうなるんだろ?

ある意味、海外に行くのが益々怖くなったぞ。


まあ、それはさておき。

「これって私達は退魔協会に嵌められたのかな?」

あまり信用していないが、嵌めて殺そうとする程疎まれているつもりも無かったんだけど。


「いや、悪意があったら不作為でだろうと害そうとしたら天罰が降るのは良く分かっている筈だから、マジで気が付いていなかったんだと思う」

碧が首を横に振った。


そっか、私はともかく、碧を嵌める事は無いか。


「だとしたら、今回の事は報告すべきかな?」

祓ったし死者も出ていない筈なのに執拗に悪霊が湧く場合は、強い上に理性がある悪霊(要はリッチもどき)がいる可能性ありだと注意喚起すべきかも?


「いやいやいや。

そんな事したら、そう言うヤバそうな案件が全部私達んところに来る様になるよ?!

日本人はそれなりに上手に悪霊や祟りと生きて来たんだから、私達が全ての問題の解決に手を貸さなくても良いっしょ」

碧がぶんぶんと手を横に振った。


確かに。

ある意味、ここだって再開発しようとしなければ被害が広まる訳では無かったんだし、無理に解決できなくても大局的には問題は無かったよね。


ちょっとここの自治体の予算が無駄になったかもだし、工事現場の怪我人が通常よりも少し多くなったかもだけど、その程度で済んだ筈。


うん。

ここは素知らぬ振りをして普通に依頼された範囲の除霊だけやっていけば良いか。


問題は・・・。

「あと三時間で除霊できるだけ回復しそう?」



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