第810話 浄化!

碧の浄化の祝詞の範囲指定が主たる目的だった私の結界が、リッチもどきの攻撃で撓む。

浄化の祝詞を唱えている碧を攻撃できるだけの悪霊が居ると思っていなかったので防御用に力を練り込んでいなかった結界が破れるぐらいに揺れた瞬間。

怒涛の勢いで魔力が流れ込み、結界が蜘蛛の糸クラスから防弾ガラスレベルに一気に強化された。


『ならぬ』


おお〜。

そう言えば、白龍さまが居たんだった。


ふう。

心臓が止まるかと思うぐらいにビビったよ。

なんかこう、恐怖できゅぅっと心臓が縮んだ後に一気に普通のサイズに戻ったせいで、ドクドク血が流れる音が耳に響いている様な気がする。


前世でも戦闘で死にそうな目に遭ったことは何度かあったけど、今世はそう言うのは無かったし・・・何よりも、絶対に死なせたくないと思うほど親しい友人も居なかった。

自分に死が迫るよりも、親しくて大切な人間が目の前で害されそうになるのを目の当たりにする方が怖いんだね。


どうせ自分は奴隷モドキな黒魔術師だからと周囲の人間から一歩下がって人付き合いをしていた前世では知らなかった経験だ。

寒村時代は前世の記憶という他と違う過去を隠していたせいで、どうしても周囲から一歩引いていた感じだったし。


今世も他から一歩引いているが、その分前世や魔術の情報を共有している碧にちょっと依存しているのかも?


それはさておき。

元々、ウチらの対処できるレベルを超えた悪霊が出て来ても白龍さまが居るから大丈夫だと思ってはいたものの、正直自分が太刀打ちできないレベルの悪霊がこの世界にいるとは思って居なかったから完全に油断していた。


前世だったら幻獣は元より、リッチやその他諸々の私レベルの魔術師では手も足も出ない様な存在がゴロゴロ居たから基本的に危険な敵とは数と魔道具で対処するって心構えで居た。

正直なところ、成人して王族の奴隷もどきになってからは死んでも全然構わなかったし。


今世では生きることをエンジョイしているので死にたくなんぞ無いが、魔素が薄すぎて危険な魔物は存在するのが難しいし、いざと言うときは白龍さまが居るからと気が緩んでいた。


知っている範囲で悪霊祓いに失敗して殉死した退魔師の話も無かったし。

でも、やっぱ危険はこんな世界でもあるんだねぇ。


想定外な死に遭うとしたら交通事故とかだろうと思っていたんだけど、仕事でここまで危険な相手にぶつかるとは、予想もしてなかったわ。


でも!

危ない一撃は白龍さまに止めてもらえた。

こいつは強いけどまだリッチもどき。


私が全力で足止めしたら碧が浄化出来る程度な筈!


なにより、ここで逃したら多分隠れて2度と私達の前には出てこないだろう。

こんなリッチもどきに粘着されたら、どれだけ完璧に私達が各建物を除霊しようが再開発は上手くいかないだろう。


大江さんのキャリアに傷を付けない為にも、同情はするがこの悪霊にはここで昇天して貰う。


『私が足止めするから、全力で除霊しちゃって!』

碧に念話で頼み、拘束用結界を展開する為に身体中の魔力を絞り出す勢いで集中する。


『頑張る!』

碧の返事が返ってきたので、脳裏に描いた拘束用結界をリッチもどきの周りに展開した。


『おや。

私を祓うつもりかい?』

意外と穏やかに悪霊が呟く。


「貴方の事だから、とっくのとうに自分を直接害した研究者や貴方をここに押し込んだ義兄さんとやらや病院の責任者とかは祟り殺しているんでしょ?

もうそれで満足して、昇天する方が良いと思うの。

八つ当たりを延々と続けても、意味は無いよ?」

今回の依頼が来た時に、最初の悪霊避け不備以外に問題があるのかとこの病院の関係者で祟られたっぽい死に方をした人間の有無を調べたんだよね。


廃業したのがそこそこ昔のまだSNSとかも無かった時代なんで情報は少なかったけど、この廃病院のホラーストーリーの一部として調べた情報を他の悪霊ホットスポットの話題と一緒に纏めているサイトがあった。

この病院の責任者とか、医者とか、理事とか、かなりの人数が火事で死んだり、よく分からない病気で死んだり、ビルの上から飛び降りて自殺したりって感じで死んでいるらしい。


何らかの祟りなのかと更に調べようとしたが、特にここの土地に祟りが起きる様な伝承は見つからなかったから偶然かなと思っていたのだ。


だが。全部が全部この悪霊の仕業では無いかもだが、それなりに遠くまで出張って報復に精を出したのだろう。


だからこそ、今ここで止めないとどこまで足を伸ばして八つ当たりな祟りをばら撒くか、分かったもんじゃない。


とは言え。

中々きつい。


前世だったら強力な魔物と戦う羽目になる場合に備えて緊急エネルギー源として常にそれなりなランクの魔石を持ち歩いていたのだが、今世じゃ魔石自体が無いからと特に何も準備してなかった。


何かに魔力を溜めておけないか、今度研究してみよう。


「・・・願い申します!」

ぱんっと手を叩きながら碧が早口で謳いあげていた祝詞を終えた。

今までになく魔力を込めたのか、物理的に浄化の光がリッチもどきに収束していくのが見える。


うわぁ。

凄い。

私よりも魔力が多いんじゃ無いかと密かに思っていたが、やっぱ多いわ・・・。

白龍さまというバックも居るし、無敵だね!


『ずるく無いかい?

二人がかりで哀れな被害者を叩きのめそうとするなんて』

哀れっぽくリッチもどきが声を掛けてくる。


と言うか、浄化の力にこれだけ晒されているんだから苦しい筈なのに、普通に話せるなんて凄いね。

苦痛に慣れすぎているんかな?


「これも貴方の為なのよ?

魂って本当に生まれ変わって輪廻転生するの。

あまり悪いカルマを溜め過ぎずに生まれ変わる方が、来世が悪くならないから」


報復での祟り殺しはそこまでマイナス換算されないと期待しておこう。

どちらにせよ、やった事は取り消せないのだ。

さっさと見切りをつけて来世に行く方が良いよ!


『私たちを食い物にした奴らがここを使って富むなんて、許さない!』

リッチもどきが再び激昂して暴れ出した。


「病院の元経営陣やオーナー達はほぼ全員自己破産してるか、死んだ後も遺族に遺産相続を拒否されてる。

ここの敷地は県有地になってるから、今度作る高齢者施設が成功したとしても得をするのは周り回ってこの地域に住む普通の一般市民だよ?」


まあ、県知事とかが上手く業者からこっそりリベートを貰っているかもだが、そこら辺は知らないし、言わぬが花だろう。


『・・・ここは公共の地になったのか』

ふっと気が抜けたのかの様に拘束用結界に掛かっていた圧力が下がった。


『じゃあ、良いや』

ふいっとリッチもどきの抵抗が消え・・・あっという間に昇天した。


おお〜。

碧が力一杯掛けた浄化の術は抵抗しないとこんなに早く昇天させるんだね!

無事終わって良かった。


・・・今日の分の除霊がまだなんだけど、帰りの電車の時間までに魔力が復活するかなぁ。



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