第792話 グレーは黒よりも払拭しにくいかも

「だけど。

どうして自殺なんて・・・色々試してダメだったならまだしも」

PCのスクリーンに出ていた谷口の悪事の詳細を見直していた妹さんがぽつりと呟いた。


まあねぇ。

前世の貴族社会で平民が貴族を糾弾すると言ったレベルの無謀な試みでは無く、一応法治国家で、邪魔をしそうな買収済み人員の情報もかなりの詳細があるのだ。

それこそ谷口の政敵でも味方につければなんとかなりそうな物だっただろうに。


「どうして他殺を偽装した自殺だなんて取り返しの付かない手段を選んだの?」

莉花さんの霊に尋ねる。

別に警察が質問してくれと前もって言っていた質問事項じゃないが、一応名目上は妹さんが依頼主なのだ。

彼女の質問を伝えるのは間違いではない。


『大学時代に両親が死んで、色々あって結局あいつの愛人に収まったけどずっとストレスMaxな毎日だったからね。

胃の調子が悪いのなんていつもの事だったから放置していたら、胃癌になっていたの。

手術をしなければ転移しているかどうかは分からないし、上手くいけば5年後の生存率も悪くはないとは言われたんだけど、抗癌剤なんて使って禿げになったら谷口に捨てられるのは目に見えているじゃない。

身近にいなければ確実にあいつを陥れられないと思ったし、どうせ死ぬ可能性が高いなら有意義に私の命を使いたかったの』

莉花さんが肩を竦めながら答えた。


癌かぁ。

まだ30歳になったばかりな筈だ。若いと癌の進行は早いって聞くから、手遅れの可能性が高かったのかも?


極々初期の癌じゃない限り癌治療に『絶対』は無いだろうし、医者側も確率論的な言い回しになるから患者としても『治療を諦めずに色々やって治療データと収入を提供して欲しい』と言う下心で楽観的な事を言っているのか、本当に生存率がかなり高いのか、判断が難しいだろう。

そうじゃ無くても胃を切り取ったら一生ずっと食事で食べられる量が減るし、抗がん剤は辛いって言うし、命が助かるにしても楽な道では無かっただろうな。


碧みたいな凄腕回復師が身近なところにいたら話は別だけど。


どちらにせよ。

復讐に生きてきたんだったら終わった後に何をするかも思いつくものが無かったのかもね。

だったら自分の命というチップを使って最大限に谷口へダメージを与えようと、賭けに出た訳なのだろう。

死霊を呼び出せる退魔師なんて言う存在が居て、それを谷口が使おうと思いつくと言うのは想定外だっただろうが。


それでも、刑事さんがかなり協力的だから何とかなりそうかな?


「谷口を殺人で起訴することは出来ませんが、この事件は未解決ということで有耶無耶にしましょう。

愛人の殺人疑惑が払い切れないままでは次の選挙で勝てる可能性も低いと考えて、彼の所属政党もその他諸々の容疑に関してさっさと無関係を表明するでしょうし」

そんな事を考えていたら、変なことを刑事さんがにこやかに言い出した。


「え?

姉は自殺ですよね?」

妹さんが驚いたように聞き返した。


「被害者の霊は『自分を死に至らしめたのは谷口だ』と言ったものの、死因に関しては詳しいことを言わずに次から次へと谷口の悪事を暴露していっただけなので、谷口が殺したと言う証拠は無いし両親の死を恨んだ他殺偽装の自殺の可能性は高いがその確証は得られなかったと上司には言っておきます。

悪人を起訴して刑務所に叩き込むのを何よりも至上とする人なので、限りなく自殺の可能性が高いとは言え、有耶無耶にする方が谷口の他の悪事を起訴しやすくなると言ったら合意しますよ」

刑事さんが言った。


「それに、起訴しなければ無実も証明出来ないですもんね」

碧が笑いながら付け加える。


確かに!!

幾ら谷口が自分の容疑を晴らそうとメディアに情報を提供しても、その情報の信頼性は確保できないもんね。

悪魔の証明ってやつだね〜。

罪があることは証明出来ても、無いことの証明って実質不可能だもの。

ある意味、唯一の手段が被害者の霊に答えさせることだけど、それも有耶無耶に誤魔化されるとなると、厳しい。


「ちなみに、莉花さんの親族って妹さん以外にいるんですか?」

他の親族経由でもう一度莉花さんを召喚されて無実の証明をされると微妙に都合が悪い。


「いえ。

祖父母は私たちが子供の頃に両親のどちら側も既に他界していますし、両親は二人とも一人っ子だったそうなので」

妹さんが言った。


「では、麗花さんが莉花さんの再召喚の依頼を拒否すれば、殺人疑惑はほぼ絶対に払拭出来ないですね」

まあ、私の評判が少し悪くなるかもだが・・・悪徳政治家からの評判が悪くなっても構わない。


「出来るだけ穴がないようにきっちり谷口の悪事の立件をしますので、暫く待っていてください」

刑事さんが妹さんに言った。


どうやら警察って手段を問わずに結果を求めるタイプが意外と多いみたいだ。

まあ、だからこそ行きすぎて冤罪なんかに手を染めちゃう馬鹿が出てくるんだろうね。

でも今回は、お陰でそれなりに莉花さんの希望通りにいきそうかな。


遺書がある訳じゃ無いし、妹さんが『自殺じゃ無い!!』って騒いだら自殺ですって事件を閉じるのが難しくなるんだろうしね。

遺族が『犯人を見つけてくれ』って煩く言ってこないことが分かっているなら、莉花さんの死を未解決事件として放置しておく方が谷口を擁護しようとする政治家とかを削ぎ落とすのに利用価値が高いんだろう。


何と言っても、谷口の起訴に失敗したらマジで莉花さんが悪霊になって祟りに来る可能性もあるしね〜。







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