第779話 子供って・・・

「北藤さん。

今回の生霊騒ぎでも実感したでしょうが、退魔師の才能を持つ人間の悪事は普通の人間と同じ様に対処する事は出来ません。

ですからもしも問題を起こした場合は厳罰を科されて処刑される可能性も高いですし、何かの悪事を働いた場合の賠償額も莫大な金額になる事もあります。

ですから退魔師が弟子を取る場合はその弟子が一人前になるまで弟子の行為に対して連帯責任を負うし、それもあって弟子入りの費用がかなり高くなります」

碧が後部座席から身を乗り出して徐に依頼人へ説明を始めた。


「なるほど。

今回の事件も敦也君は何か処罰を受けるのか?

流石に小学生に処刑は無いと思いたいし、弟の家族から莫大な賠償金をと言うのも微妙なんだが」

溜め息を吐きながら車のスピードを少し落として依頼人が聞いてきた。


「北藤さんの方は身内の子供が相手だからと言う事で賠償金の辞退も可能でしょうし、処罰に関しては退魔協会が悪意や本人の意図を確認してからになります。まだ子供で退魔師としての教育も受けていなかったからと言う事ですから厳罰に処される事はないと思いますが、生霊として酷使された被害者の方は少なくとも賠償請求はするでしょう。

退魔協会はそれなりに問題を起こした退魔師候補者の人格の見極めも経験もありますので、もしも退魔協会が敦也君に退魔師の教育を施すよりもその才能を封じた方が良いと言う結論を下した場合は、それに従った方が敦也君が寿命を長らえられる可能性が高いと弟さんに伝えて頂けますか?」

碧がそっと頼み込んだ。

親切だね〜。


あまりにも人格が酷すぎるなら奥の手で白龍さまに頼るにしても、それ程でもないけど退魔協会が経験論的に不味そうと判断したのに下手に抵抗されてどっかに弟子入りさせたけどやっぱ失敗なんて事になると、下手したら将来的に悪事を働いた敦也少年の後始末を任されたりする事になりかねないからねぇ。


それこそ長女の嫁ぎ先あたりが、退魔協会に金を流して封じる方へ話を歪める可能性もゼロじゃないのが微妙なところだけど。

まあ、それなりに経済力がある家に生まれたなら、無理して退魔師にならなくても十分幸せになれるでしょうし、大人しく自分の能力の事を親に相談する代わりに従姉妹をストーカーしたのは敦也少年なんだから、変な結果になっても自業自得ってところだよね。


「なるほど。

下手に足掻かない方が良いと言うことか。

取り敢えず、姉の方に話が漏れる前に公正に退魔協会から確認して貰える事に期待して、弟にも退魔協会の邪魔をしない様に言い聞かせておこう」

再びスピードを上げて追い越し車線に入りながら依頼人が言った。


焦っているのか、単に飛ばすのが好きなのか。

碧に助手席を譲るべきだったなぁ。


ガンガン追い抜かれる車を横目で見ている間にあっという間に鎌倉の方に辿り着き、高速を出てちょっとしたお屋敷っぽい場所に車が入って行った。


「敦也君はどこだね?」

離れっぽい家の玄関で出迎えた家政婦らしき人に依頼人が声をかけた。


親を通さずに子供の方に直接行くのかと思ったが、考えてみたらまだ4時前だから普通の社会人なら家にはいないか。

そう考えると、依頼人は今日は会社を休んだんだね。

共働きなら、奥さんは単に会社に出社していないだけなのかも。

離婚とか死別とか深刻な裏を読みすぎたようだ。


「帰ってきて部屋で遊んでいる様ですが」

家政婦が何事かと質問したげな顔をしながら答えた。


「そうか。

こちらだな。

邪魔をするよ」

そんな家政婦を無視して依頼人は2階へ向かった。


「我々を紹介した後は任せて頂けますか?

色々確認し終わって退魔協会へ連絡を入れた後でしたら、何故とかどうしてとか問いただしていただいて結構ですが」

先に色々邪魔されている間に親が出てきたりしたら面倒だ。


「そうだな。

黙って見ているよ」

そう言いながら依頼人が右側にある扉を軽くノックして開けた。

返事を待たないんだ〜。

前世の王宮時代だと、下手に無断でドアを開けたりしたら文字通り近衛兵に首を物理的に飛ばされたから、ノックの返事が来るまで扉を開けるなんて絶対にしなかったんだけど。今時はそう言う心配はないもんね。


「叔父さん」

中から子供の声が聞こえた。


「ちょっと最近陽菜の調子が悪くてね。その関係で退魔協会からうちに来てくれた退魔師の二人だ。

ついでだから敦也も会ってみたら良いだろうと紹介しに連れてきたよ」

依頼人がこちらを手招きしながら言った。


「こんにちは。

人様の魂を勝手に抜き出して生霊として使役しちゃいけないのよ?

なんであんな事をしたの?」

握手っぽい感じで敦也少年の手を握りながら尋ねる。


少なくとも病的に精神異常がある感じではないな。

小学生の子供だと、病的じゃなくてもああ言う事をやっちゃうぐらい考え足らずなのかね?


「だって。

退魔師だったら好き勝手自由に出来るんでしょ?

陽菜ちゃんに会いたかったから、様子を知りたかったんだよ」

不服そうに敦也少年が答えた。


「退魔師が好き勝手出来るなんてどこでそんな事を聞いたの??

人より大きな力があると、人より更に厳しく自分を律する事を求められるのよ」

小学生じゃあ律するなんて言葉は知らないかな?

子供との付き合いなんてないから、どう言えば良いのか微妙に不明だ。


「リッスル?

知らないけど、退魔師だったらお父さんも健一叔父さんも言う事を聞かなきゃいけないんでしょ?」

健一氏は長男かな?


家政婦がいる様な屋敷を複数持つ一族の長男で推定跡取りだとしたら権力はそれなりにあるだろうから、それを上回れる退魔師と言うのは王様みたいなものだと漠然と考えていると言うニュアンスが感じられる。


うう〜ん。

極端な傲慢さとか残虐性は無いけど、『王様』はやめて欲しい。


「だったら何故誰にも力がある事を言わずにこっそりそれを使っていたの?」

碧が尋ねる。


「もっと大きくなるまでは隠さないと暗殺されちゃうじゃん」

あっさりと出てきた答えに、思わずギョッとして依頼人を振り返る。


え??

この家ってお家騒動で殺し合う様な家なの??

そんな家に退魔師の才能持ちが生まれるなんて、危険すぎるんだけど。


「暗殺なんて誰が言い出したんだ?!」

依頼人が慌てた様に聞いてきた。


「パープルムーンでは第三王子の子供が精霊の贈り物を手に入れて、第一王子派の宰相に殺されそうになったんだ!

あれはフィクションだけど、ウチだって魔術師っぽい一族で後継者争いしていて、この屋敷とかが掛かっているんでしょ?

命の危険は避けなきゃ!」

得意そうに敦也少年が教えてくれた。

どうも人気なアニメの話っぽい。

テレビを夢中になって見ているイメージが薄っすらと話している言葉の背景に見える。


マジか。

小学生ってテレビのアニメの内容を現実に当てはめるほど幼いの??

そりゃあ、跡継ぎ争いとか退魔師とか、一般家庭と違うところはあるだろうけど。

アニメの王座を争う殺し合いとは世界が違うよ??


ちょっとこう、子供ってこう言うものなのか、敦也少年がとんでもなくバカなのか、単に学校とかで知る日常と違う自分の家の状況に混乱しているのか、判断が出来ない。


・・・これは退魔協会に任せよう。

ちゃんと退魔師としての常識を教え込めるかどうか、私には分からないわ・・・。




  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る