第773話 では、調べます

「取り敢えず、まずお二方に退魔の力があるか確認させて下さい。

発現し始めて本人にも上手く認識できていない力って持ち主本人や周囲の家族へ牙を向く事もあるので、そこをまず先に確認します」

依頼人とぐったりした陽菜さんを見ながら言う。


生霊の様子から多分違うとは思うけど、先に手軽な方から可能性を潰していく方が楽だからね。

原因解明なんて、最初から答えが分かっている場合以外ではコツコツと調べながら仮説を立てつつ可能性を片っ端から潰していくしか方法はないのだ。


うっかり触って祓ってしまう可能性がある生霊よりも、先に目の前にいる人間二人を容疑者から排除するべきだろう。


「私がやっていることでは無いと思うが、分かった。

どうすれば良いんだ?」

依頼人が頷いて聞いてきた。


「ひとまずちょっと額に触れさせて下さい」

手を繋ぐだけでも良いんだけどね。

どうせならさっと額に触れて何か意図的に隠そうと思っている事があるかを調べちゃおう。


「触れるだけで何が分かるか知らないけど、好きにして・・・」

疲れ果てた声で陽菜さんも合意する。

う〜ん、これって単に睡眠不足とストレスからくる食欲不振のよる衰弱なのか、それとも生霊にエネルギーを奪い取られているのか、どっちかね?


体の本来の持ち主の方が生命活動で生じるエネルギーに対する優先権があるから、しっかり意識を保っていれば外部の存在である生霊にエネルギーを奪われるなんてあまり無い筈なのだが、寝ている時はそう言う訳にもいかないし、生霊による嫌がらせとかで眠れなくて疲れていれば生霊へ対抗する気力も減ってくる。


弱れば弱るほど更に負け込みやすくなるって感じなので、抵抗力の分岐点みたいのを過ぎちゃうと転げ落ちる様に体調は悪くなるのだが、もしかしてちょっともうヤバい?

流石に死にそうな程まで衰弱すると外からエネルギーを吸い出せなくなるので奪える状態ではなくなるのだが、そこまでいくと寝たきりとか昏睡状態になりかねないので、出来れば早いとこ解決した方が良さそうだ。


時間があるならじっくりこの生霊とかそのリンク先を調べたいところなんだけど、ここまで弱っていると危険かな?


そんな事を考えつつ、まずは依頼人の方へ近づく。

「では失礼します」


『どう?』

碧が念話で聞いてきた。


『才能なしで、心当たりもなく、娘の心配をしてるだけみたい』

口に出さずとも密かに疑う相手程度もいない様だ。

本家の方も、親から来た見合いの話を蹴った段階で相続放棄の書類を送りつけているので現在の遺産に関する揉め事には関係ないと思っている。


・・・あれ?

だけど相続放棄って遺産相続が発生した時点でしか出来ないんじゃ無かったっけ?

事前に放棄の書類を渡していても、それこそ家庭裁判所か何かで正式に手続きして承認して貰わないと実効性がないってどこかで読んだ気がする。


まあ、本人が相続放棄する気だという意思表明を親族の皆が信じていれば問題ないんだろうけど。


「特に退魔の才能の発現の兆候はありませんね」

物言いたげにこちらを見ている依頼人にそう伝え、陽菜さんの方へ行く。


「失礼します」

指先をさっとティッシュで拭いて、陽菜さんの額を触れる。

父親の額を触れた手で触ったところで文句は言わないだろうが、まあ一応拭いてから触れる方がいいだろう。

年頃の女の子って時々変な事を言うから。


高校時代にも妙にヒステリックに父親のことを口汚く罵るクラスメイトがいた。

他の子はちょっと引いた顔をしていたが、あれって行き過ぎた潔癖症なのか、父親が何かヤバい事をやろうとしたのか、母親の教育が悪かったのか、なんだったんだろ?


変に裏を知って気不味い思いをしたく無かったから視界に入れない様にしていたけど、あの子は『下着を一緒に洗うのは嫌』なんて主張するのが可愛いく思えるレベルで拒絶反応を示していた。


まあ、流石に陽菜さんはそんな事はないだろうけど、一応不快な思いはさせない方がいいだろうし。


と言う事で額から情報を確認する。


うん。

彼女も魔術の才能は無いね。


もう少し深く探っても特に誰かを虐めた記憶も、誰かに妬まれる様なボーイフレンドとか抜きん出たテストの成績とかの記憶も無い。

生霊とのリンクも外部的に押し掛けてきたってだけっぽく、生霊本人が特に興味があって何か意思を伝えようとしている感じでも無い。


記憶を読むところ、単にこの生霊は只管じっと陽菜さんを見つめてくるだけらしい。

霊に話しかけられても嫌だろうし、罵られるよりはましだが、慣れていない人間にとって誰かがずっと一緒にいて視線を向けてくるのはストレスだ。


それこそ前世の貴族なんかは子供の頃から召使いが側にいるから下々の人間は家具の一部的な感覚でずっと側にいて見られていても気にしていなかったが、そういう風に育っていない人間にとってはずっと続く視線なんてストレスだ。

しかもそれが生霊なんだから、気持ちが悪くてしょうがないだろう。

多少はエネルギーが奪われている様だが、生霊側も特に陽菜さんに思い入れが無いのかリンクが薄いお陰でリンクは細く、エネルギーは然程奪われていない感じ。


単にめっちゃストレスなだけで。


ふむ。

どうやら生霊から何か情報を得ないと、この事件は解決できそうに無いね。


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