第766話 伝手は重要

「退魔師の仕事ってどんな感じなのか、教えてくれるか?」

暫く高木さんと話した後、兄貴にも聞いて欲しいと彼女が言ったので再び兄貴も一緒に話すことになった。


母の趣味部屋は流石に3人には狭いので、2階の兄の部屋へ行くことに。

ついでに椅子も足りないのでスツールも持っていく。

やっぱエアバイクの上に座って将来を左右しかねない事を真面目に話すのは微妙だ。


「基本的に、退魔師の仕事は前回の祟りのような悪霊を祓うことと、呪詛を返す事なの。

風使いの退魔師と私とではちょっと力の使い方が違うから具体的にどうやってやるのかは知らないし、高木さんの力がどの程度あるか、どの程度伸びるかでどの位危険な悪霊を祓う事になるかは変わるわね。

退魔師への依頼は全て退魔協会が調査してから派遣されるから実力以上な案件に送り出される事はあまり無いとは思うけど、退魔師が少ない地域に住んでいたらちょっと背伸び気味な案件を押し付けられる可能性はあるかも?」


基本的に私は今まで自分の魔力で勝てないと思った悪霊に遭遇した事はないし、碧が一緒なので身に危険が迫る事も無いだろうと思う。

だが、最初の温泉宿の水子霊を過去の退魔師が鎮められなかった様に、高木さんが退魔師になった場合は力が及ばない事だってありうるし、攻撃的な悪霊を相手にする場合は術師が反撃を喰らって死ぬ事も最悪の場合ならありうる。


安易に退魔師は安全な仕事だと勧めて不幸な事故があって兄貴に恨まれる羽目になるのは御免だから、安全性が100%では無い事は知らせないとね。


「二百万円ぐらい掛かるかもって話ですが、それだけのリターンはあるのでしょうか?」

高木さんがちょっと首を傾げながら聞いてきた。


「う〜ん、やってみなきゃ分からないって言うのが正直なところですね。

それに危険が絶対に無いとは言い切れないのでそこも考える必要がありますが、ガッツリ力があって難しい退魔も出来るんだったら確実にやればやるだけ儲かるんで一流企業に勤めるよりも儲かるだろうし二百万円なんて一年で元が取れますし、案件に取り掛かっていない時は残業もないから自由な時間も多いです。

ただ、稼ぐ為に仕事を受けまくるとなると古くから人が住んでいた地域での依頼が多いので、北海道に住んでいたらかなり出張が増えるかも?」

北海道は新しい開拓地なので、虐殺されたアイヌの原住民の悪霊でも残っているんじゃない限り、古戦場の穢れや悪霊を封じた慰霊碑なんかはあまりない筈。

そうなるとどうしても仕事は本州が多くなるのではないだろうか。

どうせ飛行機に乗るならついでに九州や四国に行ってって頼まれるかもだし。


東北の方でも人口に対して退魔師が少ないなら、新幹線で行ける範囲で仕事がやり放題かも知れないが。


「妊娠中や子育て中は仕事が出来ないなんて事は?」

兄貴が聞いてきた。


「妊娠中は穢れに近付かない方が無難かな?

子育て中に関してはオフィスワークと同じで子供を預ける相手がいれば退魔の仕事そのものには支障は無いけど、普通に産休・育休を取るのと同じで仕事に復帰するには預ける保育園と配偶者の協力が必要だろうね」

まあ、一緒に暮らして兄貴が在宅勤務するならそれなりに子供の保育園への送迎とかは出来るだろうが・・・兄貴に子供の面倒を夜通し見るなんてことが出来るんかね?


もっとも、母親側だって最初は初心者なのだ。胸から乳が出ると言う現象以外は父親と条件は変わらないんだから、兄貴を甘やかす必要はないか。


ちょっと難しい顔をして考え込んだ高木さんを横目でみながら、兄貴が聞いてきた。

「ちなみにお前としてはどう思ってるの?」


「人様の人生だから薦めるつもりも止めるつもりもないけど、お金に余裕があって、興味があるんだったら『北海道で気が合う師匠役と出会えたらやる』程度で考えたら良いかもってところかな?

ウェブデザイナーでバリバリに忙しいなら必要ないけど、少なくとも世の中の技術がどう発展しようと無くならない職業ではあるから副業としては悪くないかもね。

ただし二百万円を趣味に無駄遣い出来るぐらいの余裕があるなら、って感じかな。

もしくは、反対に仕事が方向転換しないとどうしようも無いぐらいどん詰まっているなら、フルタイムな退魔師も選択肢になるね」

仕事がどん詰まっているなら二百万円を結婚式の費用から流用する感じで弟子入りするのも選択肢だ。


専業主婦を生涯の職業とするのに不満がない人もいるだろうが、結婚しても自力で稼がないと嫌だと思っているならスーパーのパートで働くよりは二百万円払っても退魔師になる方が良いんじゃないかな?


ウェブデザイナーの仕事はそれこそ生成AIとかが普及した時にどの程度残るか不明だが、退魔師の仕事は絶対にAIに取られる事はないので副業としては悪くない。

40代や50代になってからリスキリングとか言って新しい職業への勉強や訓練を始めるよりは、若い今のうちに数十年後にも確実に仕事がある職業の訓練を受けておく方が楽だろう。


とは言え、魔力が少なかったら退魔協会の下働き的な世界になるので、スーパーのパートよりは儲かるだろうけど是非お勧めと言うレベルではない。


「・・・北海道に在住の退魔師の方にお会いして話をする事は可能ですか?」

悩ましい顔をしながら高木さんが聞いてきた。


どうなんだろ?

ある意味、弟子入りさせて下さいって来るならまだしも、弟子入りするか決めたいんで時間を下さいって言うのってちょっと上から目線だよねぇ。

とは言え、師匠側だって相性が悪い弟子は嫌だろうし、ちょっと時間を掛けるぐらいは構わないのかな?


「ちょっとそこら辺は分からないので、知り合いに北海道に風系の術が得意な術師に伝手があるか、聞いてみますね。

高木さんは多少の危険はあっても、退魔師になる気はそれなりにあるんですか?」

危険性がある仕事は絶対にごめんって言うなら会いにいくだけ時間の無駄だ。


「まあ、普通に会社勤めしていてもストーカーに刺されるかも知れない世の中なので、断じて危険に近付く気は無いと言う程ではありませんが、『世間の裏で命懸けで悪と戦う』みたいなスリル満点な危険度の高い仕事も嫌です。

そこら辺のところも、他の方にも話を聞かせてもらいたいんです」

高木さんが言った。


まあ生活に余裕があるなら、危険そうだと思ったら受ける仕事をガッツリ吟味して選べば良いし、どの程度北海道で仕事があるのかとか、その危険度とかを現地の人に聞く方が良いだろうね。


「取り敢えず、知り合いに連絡して誰か頼めないか聞いてみますね」

藤山家って北海道にも伝手があるよね??







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