第765話 厨二病再び

高木さんと兄貴の話し合いは多岐に渡ったのか、中々降りてこなかった。

将来生まれるかも知れない子供が発現するかも知れない能力に関する話なんて『if』な要素が多すぎてそれ程話し合う必要性は無い気がするが、高木さん本人が能力持ちとなったら色々考える事は多いだろうからね。


もっとも、彼女個人の話であって兄貴は相談相手程度にランクダウンする気もしないでも無いが。

だが、それこそ京都とか諏訪近辺じゃ無いと弟子入り出来なかった場合なんかは兄貴達がそっちに引っ越すのか、遠距離恋愛(もしくは単身赴任?)にするのかって話も出てくるか。


兄貴だって在宅で働くIT関連のエンジニアの筈だから、京都や諏訪に引っ越すハードルはそれ程高くは無いと思うけどねぇ。

諏訪だったら長野とかのスキー場も近いだろうし。


それとも最近は温暖化のせいで長野あたりのスキー場じゃあ滑れる時期が短すぎるのかな?

うん十年後に冬季オリンピックを開ける都市は札幌だけになるかもって記事をどっかで読んだ気がするから北海道なら雪が十分あるんだろうけど、本州のスキー場は若者のスキー離れの上に雪が降らないせいで経営が厳しいって話だから、スキー場そのものが少なくなってそう。


「ちょっと時間をくれるか?」

やっと降りてきた兄貴が私に声を掛けてきた。


「ほいよ〜」

飲んでいたホットココアのマグをテーブルに置き、兄貴の方に行く。

高木さんは1階の隅にある母の小さな趣味部屋で待っていた。


考えてみたら私だってもう実家に帰るつもりは無いんだから、実家の部屋にあるものを整理するなり捨てるなりして、母が私の部屋を使える様にするべきだね。


兄貴の部屋は書斎兼ワークアウト部屋になる予定らしいが、私の部屋は母の趣味の作業部屋にすれば良い。

偶には泊まれる様にベッドを残しておいて貰うか、寝袋でも買って置いておくと良いかもだけど。

後で母と話し合おう。


「二百万円で魔法使いになれるなら弟子入りする価値は十分にあると俺は思うんだけど、怜子は色々と心配らしくって。

弟子入りする相手に事前に会えるかな?

あと、弟子入りの条件とかどこに暮らす事になるかとかも教えて欲しいんだが」

高木さんではなく、兄貴が口を開いた。


おい。

これは兄貴じゃなくって高木さんの問題・・・と言うか一生の話なんだよ?

兄貴が仕切るのはおかしいだろう。


「母親が私に退魔師の血筋の話をするのを躊躇させるぐらい黒歴史を作り上げた兄貴が魔法使いに憧れるのは分かった。

でもこれは兄貴じゃなくて高木さんの話だから、取り敢えず兄貴はリビングに戻ってて。

高木さんと話をしてから、高木さんが兄貴と一緒で更に話し合いたい事があるなら応じるから」

兄貴を部屋から追い出し、ドアを閉める。


高木さんがちょっと目を丸くしてこちらを見ている。


「うちの曽祖母が退魔師の家系の人間だったらしくて、一応子供に能力が発現した時に変に一人で抱え込まない様に幼稚園の頃と中学ぐらいで話す事になっていたらしいんです。だけど兄の厨二病があまりにも痛かったので母は中学生になった私に退魔師の話をするのを躊躇ったんですって。

お陰で幼稚園の頃の話なんて完全に忘れていた私は高校に入る時期ぐらいの時に能力が発現しても親に相談せず、独学で勝手に試行錯誤して能力の制御をある程度学び、大学で退魔師の友人と出会ってそちら経由でいまだに色々と学んでいる最中なんです」

高木さんに私の言葉を説明しながら母の作業机の椅子を勧め、私はそばにあるスツールの上の物を退けて座り込んだ。


「あ〜。

超能力とか魔法とかラノベとか・・・好きですもんねぇ、彼」

高木さんが苦笑しながら言った。


「高木さんはどうなんです?」

確かに考えてみたら、普通のラノベ好きだったら金を払えば魔法使いになれると思ったら退魔師として働くつもりが無くても興味は湧きそうだ。


高木さんがちょっと首を傾げた。

「ラノベは私も好きですが、去年のアレまでは悪霊とかお祓いとか信じていませんでしたし、その後はまだ祟られているのかと戦々恐々としていたのであまり実感がない感じですね」


「・・・祟られているかと戦々恐々としていたのに良くぞ結婚しようなんて気になりましたね?

もしかして、兄が変に暴走していませんか?」

私が言った何かに反応して暴走しているなら責任をとってなんとか止めるけど??


「う〜ん、まあ、彼もあれで色々と考える事があったって言うのと、私がちょっと話を聞かずに考え込んでいる事が増えたせいで他に好きな人が出来たのかと誤解して色々焦ったらしいですね」

ちょっと笑いながら高木さんが言った。


あれ?

「祟られているかもって話は兄にはしたんですよね?」

昨日の兄貴からの相談には全然出てこなかったけど。


「ええ。

ただ、その件に関しては何度も地元の神社をあちこち回ってお祓いして貰っているので恐怖体験からノイローゼになったのかもと思っていて、凛さんへ相談するのを私が躊躇していたせいで私が踏ん切りがつくまで何も言わないでいてくれって頼んでいたんです」

申し訳なさそうに高木さんが言った。


ええ〜?

子供の事とか、それを高木さんに言うべきかとかばかりで、高木さんのことを遠回りにも聞かれなかったんだけど。

彼女のプライバシーを守るためと言っても、兄貴ったら情報遮断が上手すぎるじゃん。

意外だ。

それとも結婚しようって思い立って舞い上がってるの??


「まあ、急がなくても1年間誰も傷付けずに過ごせたんですから、もう少し悩んでから決めても大丈夫だと思いますよ。

ちなみに、どの程度の能力があるかにもよりますが、弟子入りする際には少なくとも年に数回程度の頻度で退魔師として働く気があるとアピールしないと、弟子入りを断られるかも知れません。

遊び道具としてだけ与えるには危険な能力ですし、退魔師は人手不足なのでそれの解消に貢献する気が全くない相手を教えるために時間を割くのは金銭的報酬があっても割が合わないと考える退魔師も多いかもなので」

何と言っても退魔師として働けば報酬は良いのだ。

弟子を育てるのに利益を取る様なぼったくり師匠ならまだしも、良心的な費用で弟子を受け入れる人だったら『魔法使いになりたいから』と言うだけで将来退魔師として働く気のない相手に付き合う暇はないと言いそうだ。




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