第757話 どこもかしこも大変だ。

「温泉って何でこうも気持ちいいのか、不思議だね〜」

朝風呂に美帆従姉妹さんの温泉まで浸かりに来た私達は、のんびりと半身浴な感じにお湯に浸かりながらまったり時間を過ごしていた。


どうせ昼食後まで水島家に行かなくて良いのだ。

だったら1、2時間、温泉で過ごすのもありだろう。


「本当にね〜。

まあ、ここは霊泉だから気持ちいいって言うのはあるだろうけど、普通の温泉でも何故かお風呂よりもうっとりするよね」

碧がお湯を手で掬いながら言った。


「そ〜なんだよねぇ。

幾らお湯に体にいい成分が含まれているって言ったって微量な筈だし数十分浸かっているだけで皮膚からそれを吸収して体調が速攻で良くなるなんて事は無い筈なのに、不思議と温泉って普通のお風呂と違った充足感があるよね」

お肌は多少スベスベになるかも知れないが、お湯に浸かっている間の満足感は肌の調子とは関係ないと思うのだが。


「家の風呂だって追い焚き機能付きで似たような感じに温度を保っている筈なのに、温泉程の満足感はないよね。

本当に不思議〜」

はぁぁっと満足げに息を吐きながら碧が応じた。


大学を卒業したらマジで温泉のそばに暮らしたいかも。

都内でも温泉を引いている銭湯って幾つかある筈だから、そう言うところの側に引っ越したらどうだろう?


諏訪は交通の便が悪いせいで日帰りで行ける範囲が狭すぎて色々と不都合がある可能性が高いが、都内の温泉を探せばそれなりに何とかなるのでは無いだろうか。

何だったら温泉でなくてもスーパー銭湯とかでもそれなりに良いかもだし。


卒業後に住む場所を考慮する際には要確認項目だね。



そんなこんなでのんびりと優雅な朝を過ごし、水島家の所へやってきた私たちを迎えたのは顔色の悪い大橋さんだった。


「すいません、付箋を貼ってあった品に触れた骨董商が先ほど倒れたのでお願いできますか?」


おやま。


「どれに触れたのですか?」

碧が尋ねた。


「これです」

大橋さんが指さしたのは比較的地味な急須だった。

そばにあるお揃いの柄な湯呑みとセットで日常使いだったのだろう。


「あら?

これは比較的落ち着いた付喪神憑きだったと思ったのだけど。

何をしようとしている時に倒れたんです?」

ちょっと意外だったので確認に尋ねた。

人を昏倒させたにしては急須は相変わらずそれ程穢れた感じはない。

それでも力技で無理やり浄化するのは可能だが、何が起きたのかは知っておきたい。


「急須を買おうとしただけなのですが・・・」

大橋さんが困ったような顔をしながら言った。


まあ、折角希少価値があるけど扱いの難しい付喪神憑きを現金化出来る機会だったのに、買い手が昏倒するようでは困るだろう。


「・・・もしかして、湯呑みとバラして急須だけ買おうとしてました?」

明らかにセットだけど、湯呑みの方は付喪神憑きでは無い。

それなりに大切に使ってきた想いが染み込んでいるが。


古いとは言え比較的良くある日常品の様なので、骨董商が湯呑みは付喪神憑きとはランクが違うと分けて考えたとしても不思議はない。


「ええ。これはそこまで良い物ではないですからね。付喪神憑きと言う事で急須には希少価値がありますが湯呑のランクはあちらの店のレベルには足りないと言う事で、急須だけ買うと言っていました」

大橋さんが頷く。


「セットの道具を引き離すのは不味いでしょう。

必ず一緒に売る様にって注意書きを付けた方が良いですよ」

碧が指摘した。

それに合わせて急須の蓋がカチャカチャっと音を立てていたので、合意しているのだろう。


大橋さんはちょっと想定外という様な顔をしていた。

「そうなんですか?!」


「何らかの理由でお互いの相性が悪くて離した方が良い位なセットもありますが、普通の品は敢えて分けない方が無難でしょう。

取り敢えず倒れた方を浄化しますが、その方は購入しない方が良いかと思います」


一度無くした信頼はそう簡単には戻らない。


「そうなんですね」

大橋さんが困った様な顔で頷いた。


付喪神憑きを扱う業者は数が限られているのかな?

でも、専門の業者だったら付喪神の怒りを買いそうな行動ぐらい、分かっていそうなものだが。


世代交代か何かで知識が失われたのかね?

どこも時の流れが悪い方に作用しているっぽいなぁ。

大丈夫かね?


地球レベルで見ると人類が多すぎるんだし、ロボット化やAI導入とかで作業の自動化も進むんだから年金基金と医療費膨張の問題さえ解決できるなら少子化で先進国の人口が減っても良いじゃんとも密かに思うが、実際の暮らしの中では後継者問題とか世代交代の滞りとか、色々と問題が起きている。

何とも難しいねぇ。


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