第751話 やっぱり?
「結局呼び出しは無かったね〜。
おっさんが動かなかったのか、警察が対処できたのか、どっちだろ?」
昨晩はもしかしたら呼び出しがあるかもって事で温泉もそこそこに切り上げて直ぐに出られるように準備して寝たんだけど。
思っていたよりも日本の警察が有能だったのか、おっさんが小心者だったのか、あの刀や鎌が禍々しい印象ほど危険では無かったのか。
どれなんだろ?
「昨日ヤバいのを蔵に移した際に、ついでに扉の内側の取っ手に触れたら昏睡する様に結界を張っておいたんだけどそれが上手く行ったのかも?」
碧が助手席から軽い感じに言ってきた。
「え、なにそれ?!
良いアイディアじゃん!!」
蔵の扉の内側の取っ手だけだったら範囲が狭いから、結界も小さくて済むのでかなり強力で長持ちするのに出来る。
触れたら昏睡する様にする結界だったら、去年の年末にかけてやった大型再開発案件で駐車場に出没する破落戸達を撃破するために車に毎回掛けていたから慣れているし。
気絶するよりも寝ちゃう方が不自然さが減るし、最適だね!
ついでに寒い中で肺炎にでも罹ればいいんだ。
直ぐに家の方に戻って誰かを殺すつもりで薄着だったら凍死するかもだけど、ある意味それは自業自得だ。
誰にも惜しまれない人っぽいから、危険だから絶対に触れるなと注意された凶器を敢えて持ち出そうとして死んだんだったら居なくなっても世界にとってはプラスだろう。
まあ、買収したなり脅したなりで追い払った蔵の見張り役が戻ってきて倒れたおっさんを見つける可能性が高いが。
いや、あの蔵って内開きだったから、おっさんが倒れ込んで扉を閉める形になったらもう家に戻ったと思って中に倒れているのに気付かないかな?
と言うか、内開きの扉に寄りかかる形で人が倒れ込んでいたら邪魔だね。
まあ無理やり押したら、少し擦り傷がつくかもだけど体を押しのけて開けられるよね。
「昨日、ヤバいのを蔵に持ち込んだ時に私が最後に出たじゃない?
ちょうど誰も視界に居なかったから試しにやっておいたの。
あの次男じゃなくて他の人が入るにしても、危険だから蔵の中の物は触るなって言ってあったんだから黒判定でいいだろうと思って」
碧が言った。
「ヤバいと分かっている物を持ち出そうとして倒れたんだったら、寒さで体調を崩したにしてもやはり悪霊は危険なんだね〜って話だよね」
意識が目覚めたら見つかる前に出てくるだろうけど、魔術に対する抵抗力の低い一般人だったら昏睡結界は基本的に碧が術を解除しないと引っ掛かった人は目覚めないからなぁ。
考えてみたら、悪霊憑きな凶器のそばで倒れていたら目覚めずにそのまま乗っ取られているかも?
悪霊憑きになったら魔術に対する抵抗力が上がるのかどうかは不明だけど。
できればウチらが蔵を開けた方が良いかもね。
依頼人の家に着いたら、何やら蔵の周りに人が集まっている。
「どうやらあのおっさん、やっぱ何かしようとしたみたいね」
車を停めて人集りの方へ行く。
「どうしましたか?」
碧が大橋さんに声を掛けた。
「ああ、おはようございます、藤山さん、長谷川さん。
どうも蔵の扉が開かない様で」
ガンガンと扉を若い男の人が押している。
おやおや。
中にいる人(いるなら)は痣になっていそうだね。
「ちなみに健二さんでしたっけ?は何かしましたか?」
「いえ。
そう言えば、朝食でも見かけませんでしたね。
まあ、あの方は朝は早くないのでまだ寝ていてもおかしくありませんが。
・・・車もあそこにありますし、夜中に何かを盗んで出て行ったと言う事はない様です」
ちらっと車留めの方に目をやって大橋さんが言った。
勝手に何か持ち出して姿を消しても不思議はないと思われているとは、信用がないねぇ。
「蔵の扉って内開きでしたよね。
もしかして、昨日の鎌か刀を持ち出そうとして何か異常が起きて中で倒れているといった事はあり得ますか?
扉のそばで倒れたのだったら彼に扉がつかえている可能性もありそうですが・・・蔵の見張りの人はずっと扉の前から離れなかったのでしょうか?」
二人でやったならトイレ休みをしても常に誰かが居た事になって、中には入れない筈だけど。
大橋さんが周囲を見回した。
「工藤、秀治。
昨日、蔵を見張っている間に誰か来たか?」
中年の男性がちょっと居心地悪そうな顔をして頭を掻いた。
「ちょっと昨日は何かに当たったのか腹の調子が悪くて何度もトイレに駆け込む羽目になりましたが・・・秀治がいたから大丈夫な筈です」
ふうん?
何か盛られたのかね?
そうそう都合よくお腹の調子が悪くなる様な毒っぽい物が手に入るとは思えないけど・・・便秘に苦しむ知り合いか家族がいたら、下剤が手に入るかな?
下剤って一回出して腸の中が空っぽになって終わりと言う訳ではなく、下痢っぽい感じに何度もトイレに駆け込む事になるらしいから、知らずに食事か何かに下剤を混ぜられたら腹を下したと思うかも。
・・・下剤って味があるんかね?
コーヒーとかに砕いて混ぜたら分からないのかな?
薬なんて基本的に錠剤をそのまま飲み込むから砕いた時の味なんぞ知らないけど、なんかこう苦くて食事に混ぜたら分かりそうな印象だ。
まあ、色々悪事をやっているおっさんだったら人にこっそり飲ませられる様な下剤の事も知っているかも?
「秀治?」
大橋さんが扉をガンガン押していた若い男性に声を掛ける。
「ちょっと本館の方に電話がかかってきたって言われて5分ほど外しましたが、それ以外はずっといましたよ」
振り返って男性が言う。
「誰からの電話だったんだ?」
秀治さんとやらが肩を竦めた。
「健二さんが態々知らせに来てくれたんだけど、綾香か綾子かなんかそんな名前の若い女の声だって言われて。
でも電話を取りに行ったら切れてたんですよねぇ」
残念そうに肩を竦めながら言われた。
いや、それって単に騙されただけでしょ。
どう考えても昨日のおっさんが下っ端(多分)のために電話を受けたり、伝言を伝えに冬の最中に外に出てくる訳ないじゃん。
大橋さんも同じことを考えたのか、ため息を吐いた。
「・・・その扉を力づくで押してみてくれ。
ダメだったら蝶番を外そう」
・・・昏睡結界に触れての昏睡状態って碧が術を解除しなきゃ目覚めない設定だけど、こんだけガンガン扉で叩かれても目覚めないんかな?
術が弱まったら物理的刺激で起きてもおかしくない気もする。
「扉が開いたら、中には私達が先に入りましょう。
下手したら入って直ぐのところに悪霊的に危険な物が落ちているかも知れませんから」
それに悪霊に乗っ取られているに近い状態だったら、触れた時に何をするか分かったもんじゃないしね。
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