第750話 対応策

しかし困った。

元素系魔術師なら人が入れない様にする物理的な結界を設置できるが、私に出来るのは人避け結界だけだ。

短時間だったら触れたら昏倒する様な結界も展開出来るけど、朝までって言うのは厳しい。しかも悪霊憑きなモノの周囲に張った結界がどう影響を受けるか分からないし、その側で誰かが昏倒した時の影響も怖い気がする。


でも、人避け結界は対象物がそこにあると分かっていると効果が低いからなぁ。

廊下にあるドアを隠す程度ならまだしも、テントの中の一角が見えないなんて状態になったらおかしいし、他の物を利用して影になる様にでもして完全にどうやっても見つけられない状態にしたら『盗まれた!』って騒ぎになりかねない。


『ある』と分かっている何かを完全に隠す結界を張れるなんて退魔協会にバレたら面倒な事になりそうだし。


『なんかさぁ、あのおっさんがヤバい凶器を使って何か悪さしようと考えてそうな気がするんだけど、勝手に依頼人の代理人の意向を無視して先に浄化しちゃったら不味いかなぁ?』

碧に念話で尋ねる。


ちょっとテント内全体の穢れを落とそうと思って術をかけたらうっかりやっちゃいました〜で誤魔化せないかな?

元々浄化する契約なのだ。

うっかり早くやっちゃったからって重いペナルティが掛からないんじゃないかね?

あの健二とかいうおっさんは怒るだろうが。


『付喪神憑きって希少価値があるって言えばあるんだよねぇ。

まだやるなって言われているのに下手に浄化しちゃうと、とんでも無い金額の損害賠償請求を喰らうかもだからやらない方が良いよ。

水島家の次男って色んな意味で悪名高いんだけど、人の弱みに付け込んでエゲツない金額の損害賠償を請求するのでも有名だから』

碧がそっと首を横に振りながら応じた。


悪名高いんだ?

そいつがゴネ得みたいな行動を取る可能性があり、依頼人やその一族の人間がそれを止めないかもと思っているんだね。

まあ、有名になる程の事を次男がやらかすのを止めていないんだし、上手くいけば金を毟り取れるんだし、こちらが善意であろうとそれが報われるとは限らなそうか。


『そっかぁ。

どうしよ?』

何も起きらないと期待するしかないんかね?


『大橋さんに気をつける様に言って、現実的な自衛策を教えておくしかないかな?

彼も危機感は感じているみたいだし、話は聞いてくれると思う』

大橋さんの方へ向かいながら碧が言った。


「明日の事もご相談したいので、ちょっとお時間を頂けますか?」

碧が大橋さんに声を掛けた。


「・・・そうですね、お茶をお出ししますので、ちょっと台所まで来ていただけますか?」

ちらっと健二とか言うおっさんに目をやった大橋さんが裏口の方を指しながら応じた。


偉ぶってる奴なら応接間ならまだしも台所になんぞ入るのは沽券に関わるとでも言いそうだから邪魔はされないかな?と思いながらついてったら、案の定おっさんは玄関の方へ消えていった。


「狭い部屋ですません。

どうぞ」

台所の脇にある小部屋に案内され、お茶を出された。


「大橋さん、今日赤い付箋を付けた鎌は本当に危険です。

手にとったら殺人衝動が強まって、人殺しをした事がない人でも迷わず他者を害せる可能性が高いです。

あれを使って心神喪失状態を主張して人を殺せるなんて思う人がいたら不味いので、今晩は悪霊の存在を真摯に信じている人にペアかそれ以上で見張らせた方がいいと思います」

碧が大橋さんに言った。


「確かにあの鎌ともう一つの刀は見ていると何やら意識が吸い込まれそうと言うか何というか、危険そうですよね。

どうしたら良いでしょうか?」

溜め息を吐きながら大橋さんが応じた。


「取り敢えず、危険な3点は蔵に戻して鍵を掛け、蔵をペア以上の人間で見張った上で屋敷の方もセキュリティシステムを稼働しておいて人が入ってきたらアラームが鳴る様にしてはどうでしょう?

少なくとも寝ているところを惨殺されるのは避けられるのでは?」


あのおっさんがセキュリティシステムのパスワードを知っているなら駄目だけど。


「・・・アラームで起きたところで凶器を持った相手に抵抗出来ますかね?」

大橋さんが疲れたように呟く。


「鎌にせよ刀にせよ、素人が固い物を切るのには向いていないですから頑丈な扉がある部屋に逃げ込んで棚か何かでバリケードを作って時間を稼いで警察を呼んではどうです?

・・・ちなみに猟銃とかがあったりはしないですよね」

猪退治用とかにあったりしたらそれで反撃が一番なんだけど。


「無いですね」


「最悪、ここら辺の警察が銃を持っていないと言う事になったらウチに電話くれましたら車で来て屋敷全体を浄化しちゃいますよ。

浄化したところで鎌か刀を持った害意のある危険な人物が居るって事に変わりませんが、悪霊が消えたら武器の使い方なんて知らない素人が残るだけなので何とかなるでしょう」

碧が提案する。


確かに。

藤山家から車で20分程度だったから、警察より早く着けるかも?


「ちなみに、立てこもりに失敗した場合は箒なり傘なりモップなりの長い何かで相手の腕や武器を強撃して手から落とさせて、刃の部分を踏みつけて押さえ込むのが良いでしょう。

ですから最低でも動きやすい靴をベッド下に置いておくことを勧めます」

裸足で呪われた鎌や刀を踏むのは危険だ。


「なる程。

そうですね、対策はとっておきます」

大橋さんがカクカクと頷いた。


「ちなみに、今晩いらっしゃる予定の長男の方は何か問題が起きて到着が明日の朝まで遅れた方がいいと思いますよ?

殺そうと狙われる可能性が高そうですが、それ以外でも上手く嵌めてあの鎌なり刀なりで人を殺そうとしたと言う事で犯罪者に仕立て上げると言う手も考えるかも知れませんから」

確か同位の相続人を殺そうとしたら相続権を失うって話だったと思うから、そっちの路線を狙う可能性もある。


呪われた刃物を手にしたら即座に殺人衝動に飲み込まれるとは限らないが、酒を飲んでいたり変な薬を盛られて朦朧としていたら悪霊に乗っ取られかねない。


あのおっさんも単に嫌がらせをしようとしているだけかもだけど、まあ安全策は講じておいて損はないだろう。


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