第746話 ちょっと猫語り

「は〜い、ほんのちょっとの我慢だからね〜」

バンを停めた碧が、キャリーケースに入れられて不満げな抗議の声をあげている源之助に宥める声を掛けながら藤山家の入り口の方へ進む。


私は残りの荷物の担当。

それなりに車の運転はちょこちょこ機会があったら急がない時に担当するようにしているけど、バンみたいに大きいのはちょっとまだ高速や街中での運転は不安なんだよねぇ。

結果として、今日の運転はずっと碧。


なので荷物運びは私が担当なのだ。


源之助も碧が運んでいる時の方が抗議の声が少し小さめだし。

と言うか、自分から棚の下とか洗濯機の後ろとかキャットタワーの箱とかいった狭いところに潜り込むのが好きなくせに、キャリーケースに閉じ込められるのは不満がるんだよねぇ。


キャリーケースに押し込む時はそれ程抵抗しないんで、あれは不満を声に出す事で『後で償いとしてしっかり遊んでオヤツを出せよ〜』と言う催促なのかなぁなんて私は密かに疑っている。


クルミに聞いても『蓋を閉められるのが嫌なのは当然じゃん』と言われたのだが、本当に嫌だったらもっと本気で抵抗するでしょと思う。


もしかして、キャリーケースに入る事自体は吝かじゃないけど、蓋を閉められて好きな時に出られないのが不満なのかね?


とは言え、うっかり脱走されない為に車から家の中までなんていう短距離の移動に抱っこでなくキャリーケースを使っているのだ。

ここで蓋をしなかったら意味がないんで、その点に関しては短時間だけだから我慢して貰わなくては。


「ただいま〜!」

碧がガラッと扉を開けて中に入っていって声を掛けたら、奥から碧ママが出てきた。


「いらっしゃ〜い!

とうとう水島家もあの蔵を掃除するんですって?」

いつも通り依頼人の名前は聞いていなかったが、そうなのかな?


「住所から見るに、そうだね〜。

あそこの婆さんがとうとうヤバいみたい?」

碧が答えながら階段へ向かう。


久しぶりの母との話し合いよりも源之助をキャリーケースから出す方が優先順位が高いようだ。


「お邪魔します」

碧ママに挨拶。

一応お土産のお菓子(近所で美味しいと評判らしい洋菓子店のクッキー)も持って来たが、荷物が多すぎて出せないので取り敢えず先に部屋へ行って荷物を下ろさせてもらう。


こう言う時って最初からさっと出せる場所にお土産を入れておくべきなのかね?

でも、両手いっぱいに荷物を抱えているところでバランス取りながら片手でクッキーの箱を渡す方が失礼だよね??

荷物を一度床に置いてお土産を渡すべきなのかもだけど、猫関連の物はあまりあちこちに触れさせて匂いを残したくないんだよね。

下手に家の中全体を自分のテリトリーだと源之助に認識されたら、パトロールに行かねばなんて思う可能性が出てきそうで怖い。


なのでそこら辺はちょっと許してもらおう。


「いらっしゃい、凛さん。いつも碧がお世話になってるわね。

どうせ碧は源之助ちゃんが落ち着くまで部屋から出たがらないだろうから、上にお茶を持って行くわね」

にっこり笑いながら碧ママが言ってくれた。


よく分かってるじゃん。

まあ、碧ママもかなりの猫好きだしね。


以前来た時に設置した源之助用の結界がまだ残っていたので魔力を注ぎ直し、上に向かう。

聖域の側なせいか、ここら辺って他よりはちょっと魔素が濃い感じなんだよね。

その分術が残りやすいのかな?


そう考えると、古い結界が残りまくって問題になっている京都もどっか近くに境界門を含む聖域があるのかな?

千年以上もの間、日本の文化の中心地だった場所なのだ。

地理的な優位性もあっただろうが、聖域とかそれを維持していた氏神さまがいた(いる?)んだろうなぁ。


つうか、最初の頃の天皇なんかはどっかの氏神さまの愛し子か・・・神話がマジもんなんだったらどこかの世界から遊びに来て居着いた神族の子孫なのかも?


神族が人間と混血できるのかは知らんけど。

まあ、ギリシャ神話とかでは神族が人間どころか動物とでも子供を作っているみたいだから、神族側が愛しい存在との間に子を成したいと思ったら遺伝子の違いを魔力(神力?)で乗り越えちゃうのかも。


日本に関しては2千年も世代交代していたら今じゃあただの人だろうけど。

と言うか、日本の場合は島国で欧州みたいに沢山の国の王族と結婚できなかったから、その分皇族の血はもっと濃くてある意味弱いかも?


まあ、ヨーロッパの王族だってかなり近い血で結婚しまくって色々と問題ありげだけど。

あちらは少なくとも女系でもオッケーだから跡取りが絶えそうなんてアホな状況にはならないだろうけどさ。


日本はなんだって今時女系はダメなんてアホなことを呑気に主張しているのだか。頑固な老人たちの主張はイマイチわからんね。

はっきり言って、女系の方が確実に血を一族の引いているだろうに。

DNA鑑定なんか出来なかった過去の権力者なんて、どれだけ託卵されてきたか分かったもんじゃないと思うけどね〜。


・・・今の権力者って自分の子のDNA鑑定ってしているのかね?

国の税金で贅沢に育てたのに、思う通りに育たないとか遺伝的な要素のある病気に罹ったから調べたら『実は赤の他人だった』なんて判明したら微妙〜。

その場合、養育費は誰が国に返すんだろ?


それはさておき。

「いつも泊めさせていただいてありがとうございます。

こちらは近所の店の美味しいと評判なクッキーです。お口に合うと良いのですが」

部屋に入り、源之助関連の荷物を広げてご機嫌取りをしていたら碧ママがお茶と一緒に現れたので、お土産を渡す。


「どうもありがとう。

気を使わないでくれて良いんだけど、美味しいクッキーはウェルカムだから一緒に食べましょう!」

碧ママの持って来たお茶が3人前だったので、早速3人でのんびり座り込んでお茶を飲みながら棚の上で顔を洗い始めた源之助を眺める。


「なんかさぁ、源之助がお腹とか背中とかを舐めていると可愛いと思いつつも『毛が口に入っても大丈夫かな〜』って心配になるんだけど、顔を洗う為に前足を舐めているのはただ無条件に可愛く見えるのって不思議〜」

碧がクッキーに手を伸ばしながら言う。


確かに。


「あら。

碧だったら源之助ちゃんは何をしていても可愛い!って言うと思っていたけど、やっぱり仕草の好みがあるのね」

碧ママは笑いながら応じる。


「どの仕草も魅惑的なんだけど、顔を洗う様子はへそ天と同率一位ぐらいかなぁ。

凛はどう?」

碧が聞いて来た。


「あ〜。

見るだけだったら確かにへそ天と顔を洗っている姿が良いけど、膝の上で寝ている姿も好きかなぁ」

顔はあまりはっきり見えないんだけど、あのだらんとして力の抜けた暖かさは良い。

トイレに行きたくなるとめっちゃ困るけど。









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