第744話 戻ってきたか

『どうしても蔵の整理が早急に必要なので、どう言う条件でしたら依頼を受けていただけるか教えていただけませんか?

年末までに怪しい品の処分の目安だけでもつけなければいけないらしいのですが、付喪神憑きを任さられるランクの退魔師で手が空いている方が他に皆無な状態でして・・・』


亜弥さんから従姉妹の沙耶の今後について連絡を受けた(退魔師系の旧家の若い人向けパーティへの招待券を当主が複数入手するのを条件に能力の封印に合意したらしい)直後ぐらいに電話が鳴り、何かと思ったらまた退魔協会だった。


先日断った蔵整理の話が戻ってきたらしい。


「どうしてもと言う理由をお聞きしても?」

碧が冷静に聞き返す。


『・・・当主の方に余命宣告がされて、遺産相続の際にあの蔵の中の物をどうするかで揉める可能性が高いと考えている様です。

何分、古くて歴史的価値もあり骨董品としては高額で売れるであろう物が多いと見做されていますが、付喪神憑きで祓う必要があるとなったら価値がゼロどころかマイナスになりますから。

昨今では単に『ほぼ全てを長男に残す』と言うだけで済ます訳には中々いかず、ここも法定相続分を請求する遺族がいる事が確実だろうと見られているらしいのです。

遺産総額が確定していなければ、遺書を書いても納得せずにもっとある筈だと訴えを起こされるだろうと予想されていて・・・」

渋々といった感じで職員が依頼の裏を教えてくれた。


なるほど。

考えてみたら、遺産の法定相続分を主張する穀潰しな遺族が、蔵にある骨董品の価値が滅茶苦茶高いと主張してきたらその分だけ資産を跡継ぎから分けなきゃいけなくなるのか。

地方の名家なんて言ったら下手をしたら資産は流通性のほぼ無い不動産と骨董品ばかりなんて事もありそうだから、相続税の支払いだけでも大変なのにいちゃもんをつけてくる相手の言いなりに資産を分けていたら本家の物理的維持すら難しくなりそうだね。


つうか、付喪神憑きのヤバいのをそう言う穀潰しに押しつければ良いのに。

まあ、付喪神を悪用して自分じゃなくて他者に不幸を呼び込む可能性があるから、危険すぎるのかな?


「取り敢えず、ちょっとパートナーと相談してコールバックしますから暫くお待ち下さい」

そういって碧が電話を切った。


「なんか亜弥さんのところもだけど、金持ちな古い家って困った人がどうしても混じるみたいねぇ」

当主が出張ってきて合コンパーティの紹介を約束してまでして能力の封印に合意させようとするなんて、沙耶に対する信頼もゼロっぽい。

この新しい依頼も依頼人の法定相続人に問題ありみたいだし。


子供がいるなら法定相続人なんて子供と妻だけ、子供が死んでいるなら孫の筈。

甥とか姪とかいった直接の子孫じゃ無い連中は法定相続分を主張できない筈なんだから、子供か孫にダメな穀潰しがいると言うことになる。


まあ、子育てって難しいと言うし、どれだけ頑張って育ててもダメな子もいる様だけど。

と言うか、下手に金持ちだったり特権のある家だと子供が歪みやすいのかも?

周囲が忖度するのが当然な環境で育つと、人間って歪みやすいと思う。

前世の王族クソッタレなんかも見事に歪んだ連中が多かったし。


「だね。

まあ、亜弥さんのところはあのヤバい女の能力を封印するって聞いて一安心だけど」

碧が溜め息を吐きながら言った。


「当主も危機感を持っていたみたいね〜。

下手に退魔師になって能力を振るえる様になったら、それこそ一族の乗っ取りとかをするかもって心配したんだろうね」

元素系魔術師だったら『不慮の事故』で暗殺を企てられるが、黒魔術師だったら殺さなくても近くに張り付いていられるなら思考誘導で当主なり跡取りに離婚させて自分と結婚し、遺言書を書き換えさせる事も可能だ。


生理的に受け付けないぐらい嫌悪感が強ければ何とか意識誘導に対抗出来るかも知れないが、子供の頃からの付き合いで情があったりしたら近づいて来るのを突き放せないで対応に迷っている間に洗脳に近い状態になりかねない。


暗殺的な殺傷能力はあまりないが、それ以外の使い方だと黒魔術師の危険性は魔術師の中でも群を抜いているので、当主がちゃんと危機感を持ってくれて良かった。


まあ、何にも恨まれる様な事をしていなかった従姉妹の結婚を僻んで能力を覚醒させ、退魔師を雇うほどの実害を齎したのだ。

一族の人間が危機感を持たなかったら、それはそれで呑気すぎなんじゃねって気はするかな。


「まあ、それはさておき。

蔵の整理って要は中の物がきちんと整理されて並べられているのを順に確認してシールを貼っていく程度だったらそれ程大変じゃあないんでしょ?

だったらそう出来るように、蔵の中身を全部別の建物なりテントなりに出して台の上に一個ずつ並べてもらって、それを私達が歩いて査定しているのを誰かが付いてまわって評価を書き込んでいくなりシールを貼っていくなりの形にするならやるって言ったらどう?」

蔵から出す過程で誰かが祟られたら、切実な場合は別口の依頼で祓えば良いし、急がないなら私達が行った時に祓っても良い。


「・・・そうだね。

蔵から出すのだけでも年内に終われるのか怪しい気もするけど、金の力でゴリ押し出来そうならすれば良いよね」

碧がちょっと考えてから頷いた。


・・・流石に三が日とか大晦日に働けとは依頼人も言わないよね?








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