第726話 説得はお任せします
「うわぁ〜、どうしよ?」
思わず頭を抱えてしまった。
「どうしたの?」
碧が驚いて聞いてきた。
「人魚のことは恐怖のせいで幻覚を見たと自分で思っているから、記憶を修正しなくても単に霊を祓ったらアイスケースの中には何も残りませんでしたって言えば良いと思うんだけど・・・なんかこのお孫さん、お人好しで良い人過ぎなせいで傲慢で権力志向な一族の中でパワハラとモラハラを受けまくっているっぽい。
しかも本人の純朴さを気に入って贔屓にしている祖父が事態をわざと悪化させているみたいで」
なんかこう、救いがない哀れさなんだけど。記憶と使い魔契約の才能を封じれば何とかなるって話ではないよ、これ。
「え、気に入っているのに虐められるように誘導してるの??」
碧が眉を顰めた。
「こう、気に入った子の弱った顔が好きな苛めっ子の肉親バージョン?
お孫さんが折れちゃうギリギリぐらいのところで助けに入って、感謝の目を向けられるのが快感みたい」
お孫さんの記憶にある依頼主だと思われる老人の表情は、そう言う意味だろう。
縋られたいから贔屓して見せて嫉妬を煽り、態と放置してボロボロになるまで待っているのだ。
良い人すぎるお孫さんはそんな祖父の歪さを気づいていないようだが。
「うげぇ。
小学生の男の子が気になる女の子に意地悪するのでもギリギリ許容範囲内に入るかどうかってレベルなのに、祖父が気に入った孫を間接的に虐めるってどんだけ変態なのよ」
碧が辟易とした顔で溜め息を吐いた。
「なんかさぁ。
凄く哀れなんだけど、パワハラ・モラハラしてくる一族連中を撃退できるような性格の修正なんて出来ないからねぇ。
一族と同じように俗っぽくて傲慢な性格になれば祖父の興味も薄れて虐められなくなるだろうけど、それが幸せな事とは思えないし、それにそこまで大々的な行動修正なんぞしようと思ったら魂が歪んじゃう」
どちらにせよ、このまま親族に虐待され続けたらいつの日か自然に外部的圧力によって魂が歪みそうだが。
使い魔契約の才能については封じちゃうから今後は同じような事故は起きないだろうが、そのうちこの人は鬱になって自殺しちゃうか、一族に迎合して傲慢に行動して見せようとしている間に変に歪むか、卑屈に曲がるかするだろうなぁ。
なんかこう、車が暴走して歩行者がいる方へ突っ込もうとしているのが見えているのに何も出来ない無力な目撃者みたいな気分だわぁ・・・。
「・・・折角人魚に一目惚れっぽい反応を示したんだから、一族の家業なんぞ捨てて、人魚伝説の研究者にでもなって暫く世界を旅行して回るよう唆せない?
本人だって幻覚を見るほど疲れているのは不味いと思っているだろうし、きっかけがあったらちょっとはアクションを起こすかも?」
碧が提案した。
確かに。
再度お孫さんの額に触れて記憶を読んでみたら、それなりな大企業の中間管理職として社畜生活をしてきてお金を使う暇が無かったので、そこそこ貯蓄はある。
一族の中でも変わり者と言われていた大叔父から遺産も少し残されているようだし。
と言うか、この大叔父って人魚の伝説の研究をしていた変わり者??
おやぁ?
「ちょっとこの人の大叔父の霊を呼び出してみる。
どうも人魚伝説の研究者だったみたいだからあの人魚の事も知っているかも知れないし、お孫さんの説得をお願いできるかも」
「人魚の研究者?
確かに偶然にしては怪しいね」
碧が頷く。
お孫さんの記憶から大叔父の名前を読み取り、お孫さんの髪の毛を一本触媒代わりに貰って召喚の術を発動させる。
『おやぁ?
拓海じゃないか。
大きくなったけど・・・随分と窶れてるねぇ』
現れた霊がこちらに碌に注意を払わずにお孫さんの顔を覗き込んだ。
「彼は丘の上にある煉瓦造りの家の地下に仮死状態で安置されていた人魚に生命力を譲渡する繋がりをうっかり構築しちゃって死に掛けたんで、我々退魔師が呼ばれたの。
人魚に関しては伝手で幻想界に送り込んでもらったからあっちで同族と一緒に生きていけると思うけど、こちらの拓海さん?はどうも性悪な祖父に虐め可愛いがられているせいで一族から精神的に虐待され続けてこんな顔になっちゃったみたい。
良い加減、致命的に性格が合わない一族の人間には見切りをつけて人魚の研究でもする為に旅にでも出るように説得できないかしら?
多分このままじゃあそのうちこの人、過労死するか鬱で自殺するかだと思う」
今回の依頼は彼の人魚とのリンクを切った事で達成したし、使い魔契約の才能を封じる事で将来的に似たような事故が起きる危険性も防げる。
だけどさ。
善人が正当な理由もなく虐げられているのだ。やっぱ何とか助けられるなら助けたい。
前世で私を助けられる人は居なかったが、出来ることならば助けて貰いたかった。
人にやられたら嫌なことはやっちゃいけないって言うのは、言い換えれば人にやって欲しいことは出来ればやるべきって事でもあると思う。
自分がいつか救って貰いたいなら、常日頃から出来る範囲では人をある程度助けるよう心がけるべきだろう。
情けは人の為ならずって言うしね。
『ふむ。
毅雄は相変わらず下らない遊びをやめていないのか。
企業のトップとしてのストレスを一族の人間で遊ぶ事で晴らすのは止めるよう何度も言ったのだがね。
分かった。
拓海と話せる様に繋いでくれるかい?』
お孫さんの大叔父の霊が言った。
よし。
これで何とかなると期待しよう。
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