第725話 おやま。
「金持ちの孫にしては随分とおざなりな世話の仕方だね」
依頼を受けた時に言われていた入院棟の部屋番号に来てみたら、ナースセンターから一番遠い北端にある部屋だった。
いくら呪いと思われて急激な悪化は無いと見做されているとしても、もう少し真剣にケアしているかと思ったんだけど。
「呪われるのも本人が弱かったからとか悪行が原因だったからと思われる事があるから、退魔師が治療に来たなんて知られたくなかったんじゃ無い?
取り敢えずは点滴を打って栄養と水分補給が出来ていれば良い状態なんだから、看護士が来やすい部屋である必要は無いしね」
肩を竦めながら碧が応じた。
なるほど。
悪霊はまだしも、呪われたのだったら自業自得系の疑惑が出てくる可能性があるって心配されるのか。
今まで退魔師として依頼に行った先で自分の存在を隠せと言われた事が無かったから思い付きもしなかった。呪われていた依頼主は自業自得系よりも不幸な被害者系の方が多かった気がするし。
でも、考えてみたら名前を明かそうとしない依頼主は多かったわ。
確かに人の不幸って面白おかしくバックグラウンドを想像したくなるし、恵まれた金持ちな立場の人間が被害者だったら純粋な被害者であるよりもそいつが自業自得系だった方が面白いと感じる人間も多そうだ。
元より人間ってそれなりに疑い深いしね〜。
ニュースなんかでどっかの誰かが刺されたとかって話を聞くと、その人が被害者なんだけどつい『刺されるようなことをしていたんじゃ無いのかな?』なんてこっそり思うもんねぇ。
流石にそれを口には出さないけど。
実際に罪もない人を呪っていたヤバい奴らがいた様に、ニュースに報道されていた被害者達もランダムに通りすがりを狙われたり八つ当たり気味にターゲットにされた罪もない人が大多数なんだろうけど、ある意味何も悪い事をしていない人間がある日突然無作為に襲われるかもって考えるのは怖い。
それって突き詰めると自分だって何も悪い事をしていないのにある日突然襲われるかもと思えるからね。
だからこそ、被害者には襲われるだけの理由があるのでは、と思いたくなるのかも?
まあ、それはともかく。
お孫さんの部屋に入り、邪魔が入らないように入り口に軽い人避けの結界を展開しておく。
人魚が境界門を越えたのだから使い魔契約の繋がりが消え、もしかしたらもう直ぐお孫さんが目覚めるかも知れないからね。
記憶操作の終わる前に邪魔が入ってお孫さんが目覚めちゃったら色々面倒そうだから、全て終わるまでは邪魔が入らないようにしたい。
「・・・なんかこう、使い魔契約って言うよりも吸血鬼にでも生気を抜かれたんじゃないって見た目だね。
もしくはブラック企業の社畜リーマン?」
ベッドに近づいた碧が、お孫さんの顔を見て言った。
なんかマジでそんな感じ。
頬がこけているし目の下が痣みたいに黒と言うか灰色と言うか紫色と言うかになっているし。
ええ〜??
使い魔契約で魔力枯渇状態が続いたにしてもこれはちょっと酷くない??
依頼書に添付されていた資料によるとお孫さんがあの屋敷を見に行ったのはほんの4日前なのに。
どうなってんだろ??
お孫さんの額に手を触れて記憶を確認し始める。
「・・・うっわぁぁ〜。
傲慢な金持ちの一族ってマジで嫌って思っていたけど、傲慢な一族の中でまとも・・・と言うかお人好しだとヤバいことになるんだね」
どうやらこのお孫さん、依頼主の祖父にその善良さとお人好しな柔らかさを気に入られていたけど、そのせいで親族の大多数から目の敵にされて虐めに近い扱いを受けていたようだ。
と言うか、依頼主も歪んでいるね。
お孫さんの優しい善良さが気に入っているくせに、自分の一族が彼を虐め抜いても肉体的に危害を加えようとしない限り止めないって。
と言うか、依頼主の記憶を読んでいないから確証は無いけど、過去に何度か助けを求めた時の反応を見るに、これってお孫さんが弱っているところを助けてあげるのも楽しんでない??
ある程度酷い状況になるまで放置して、自分が助けることでお孫さんからの感謝の念をたっぷり受けるのを喜んでいるように見えるぞ。
わざと『有能な人間なら自分で問題に対処出来なければ』みたいな事を匂わせてお孫さんが助けを求めにくい精神状態に追い込んでるじゃん。
一族にはお孫さんの事を褒めてイラつかせるけど、虐めるなって感じの牽制はしていないし。
お陰で一族の会社で中間管理職として働いているお孫さんは、オーナー一族の人間で年齢にしては出世しているにも関わらずパワハラ・モラハラ受けまくり。
今回の屋敷の確認にしても、ホラーストーリーも虫もネズミも苦手なのを重々承知しているのに親族が態々見つけ出して押し付けたようだ。
と言うか、海運業で財を築いた一族らしいから、マジであの人魚って昔の一族の子かなんかだろうに、完全に忘れ去られていたっぽい。
電気代や固定資産税をずっと払い続けていても誰も気にしていないって金持ちだとそんなものなのかね??
疲労と心労で既にズタボロだったお孫さんは恐怖で気を失いそうになりそうにながらもなんとか家の中を見て周わろうとし、地下室に行って人魚を見た時には恐怖からちょっと精神状態が可笑しくなって見えた幻覚だと思って、自分が白雪姫を助けるような王子様だったら良かったのにとちょっと妄想してキスをしただけだったようだ。
ついでに『お願いだ、生き返って目を覚ましておくれ』と王子様を演じたつもりでそっと言ってみたら使い魔契約が成立しちゃったみたいだ。
何をやったか自分でも分からないものの、何か起きた気がして疲労感も酷くなったし変な幻覚まで見えていて流石にヤバそうだしで、家に帰って寝ようと思って運転手の待っている車まで戻ったが、街に着く前に魔力の譲渡が始まって意識を失いそのまま目覚めずと言う感じのようだ。
う〜ん、ツッコミどころ満載すぎてどうしたら良いのか分からないぞ。
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