第723話 呼吸法は?!

「ちなみに白龍さまがこの人(?)をぐいっと持ち上げて家から持ち出せたりします?」

碧が階段に目をやって、白龍さまへ期待を込めて尋ねた。


『造作もないぞ』

あっさり白龍さまが答える。


お、助かる。


『上の建物が吹き飛ぶから、危険があってはいけないので碧達は離れておれ』

おっと。


「いやいやいや、強力な悪霊との戦いの末に家が崩れたって言うのならまだしも、流石に中の人魚を運び出す為だけに家を吹き飛ばすって言うのは不味いから、私達で運びます」

碧が慌てて手を横に振った。


安物の掘立て小屋ならまだしも、いくら今の見た目は酷くても元は高級だったに違いない煉瓦造りの屋敷だ。

壊したらヤバいよね。


「二人でならなんとかなるよ、きっと」

小柄な成人女性一人なら、二人で担げば何とかなるだろう。

多分。

きっと。

人魚だと人間よりも筋肉が重い可能性もあるが、死にそうになって痩せているのだ。

筋肉も落ちているだろう。


「だよね。

でも先に、台車でもないかちょっと探してみようよ」

碧が提案し、周囲を見回してから隣室へつながるらしい右手にあった扉を開いた。


そうだよね。

人魚じゃあ床を歩けないのだ。

普通の日本人男性が成人女性をお姫様抱っこで運べるかは怪しいところだから、代車ぐらいあっても不思議はない。

もしくは階段用のエレベーターとか、昔だったら縄と滑車を使った昇降機みたいのがあるかも?


「うわぁ。

個人の地下室にあると考えると大きいけど、ここでしか動けないとしたら狭いなぁ」

隣室の電気をつけて中を覗き込んだ碧の声に、後ろから首を突っ込む。


「プールかぁ。

ホテルの地下とか、ドラマに出てくる豪邸にとかあるのはテレビで見たことはあるけど、実際に個人宅にあるのって初めて見た」

部屋の中に、普通の学校のプールの3分の1ぐらいのサイズなプールがあった。

水は入っていないが、昔は入っていたらしく、壁が一面びっしりカビている。

それともあれって苔かも?

まあどちらにせよ、家の湿気はこのプールのせいっぽい。

氷水を溜めた昔風の冷凍庫も湿度に貢献しているだろうけど。


「先祖返りか何かで人魚が生まれて、プール付きの家を作って隠したってやつかな。

子供の頃は霊力の必要量が少なくて何とか生きていたのが、成長するに連れて足りなくなって仮死状態にして何とかならないか時間を稼ごうとしている間に家族が年を取って死んだのかも」

碧が部屋の中を見回しながら言う。

確かに照明とか蛇口とか、ちょっと古めかしい。


「そうだねぇ。

もしかしたら、依頼主は直接は彼女のことは知らなくて一族の誰かが産んだ隠し子の死体でも冷凍保存してあると思っていたのかも?

流石に生きた人魚がいると信じていたらこうも無防備に私らに鍵を渡さないよね?」

隠し子が悪霊になっていて、現状確認に行った孫を祟ったと思って退魔協会に除霊依頼を出したのかも。

ある意味、ウチらに当たってラッキーだったね。


普通の退魔師が人魚を見たら、人体実験に連れ去られちゃったんじゃない?

しかも遺伝子調査とかして依頼主に血筋と関係あると分かったら、あっちの一族にまで手を出す狂人が出てきても不思議はない。

特に、人魚の血肉にマジで若返りとか寿命を伸ばす効果があったりしたら、DNAを共有している一族の血肉も調べて利用しようとする老人がきっと何処かから湧いてきただろう

と言うか、依頼主自身が老人なら色々やりそう。


「取り敢えず、さっさと外に運び出して人魚さんは異世界に放流しちゃうのが正解かな?

その後で病院に行って、お孫さんにどんな風に情報を管理したいか聞いておこう」

プール部屋の奥の扉を開いてそこに台車が置いてない事を確認した碧が戻ってきて言った。


「だね。

ついでにお孫さんの使い魔契約の才能も封じておかないと」

お孫さんが合意するなら、退魔協会には屋敷の地下には氷漬けになっていた古い死体があって浄化したら消えたとでも言っておくのが無難かな?


アイスケースの電源を切り、蓋を開けて碧が尻尾、私が上半身を持って人魚を氷水の中から取り出す。


「冷たいんだけど!!

しかも濡れているから滑る!!」

碧が悲鳴のような声をあげる。


氷水に浸かっていたのだ。

痛い程冷たい。

しかも碧側は尻尾だ。

魚の鱗みたいにぬめりがあるか知らないけど、濡れていたら人肌だって滑りやすい。

裸だし。


「なんかこう、服なりローブなり、ないかな??」

流石に裸でずっと過ごしていた訳ではないだろう。


食事の世話とかをして貰っていた時期だったら使用人なり乳母なり家族なりがいただろうから、裸ってことはない筈。


「しまったね。

先にそっちを探すべきだった」


近くに台の上に何とか人魚を横たえて、碧が慌てて部屋の棚や引き出しを片っ端から開けている間に、私はそっと口と鼻のところに手を寄せて空気の流れを確認した。


人魚って肺呼吸も出来るよね??

喉から耳の後ろにかけて鰓っぽい切れ目もあるけど、人間みたいな上半身の構造だったら肺呼吸も出来るでしょ??


態々助けて白龍さまに異世界まで連れていって貰うのに、その前に窒息死してたら間抜けすぎるぞ!


・・・うん。

多分呼吸しているっぽい。


考えてみたら、碧って窒息死そうな人を無理やり延命出来るのかな?

まあ、人魚が水から出たら死ぬ種族だったらきっと白龍さまが先に教えてくれていただろう。

多分。

白龍さまだって呼吸の重要性は分かっている・・・よね?


「これを体に巻いたら良いんじゃない?」

何やら長いコートっぽい服を碧が持ってきた。

ちょっとかび臭いし脆くなっているような手触りだけど、水を吸収しつつ裸な外見を誤魔化すのには足りるだろう。


「よし、そこに広げて、上にのせてボタンを留めてベルトを締めよう。

いっせーのせでいこう。

いっせーの、せ!」

タイミングを合わせて人魚をコートの上に動かし、裸体を覆う。


「じゃあ、急いで上に出して、後は白龍さまに任せよう!」

ベルトを動かして尻尾の部分で器用に留めた碧が自分のバッグを斜めがけして持ち、人魚に手をかけた。


「だね。

コートのお陰で冷たいのが少しマシになったけど、考えてみたら温度が上がって仮死状態から回復したら、今度は魔力枯渇で死んじゃいかねないんだった」


荷物運びなんて最近やって居ないから筋肉痛になりそうだけど、頑張ろう。









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