第711話 乞うご期待?

「ちなみに、こう言う古い結界とかって勝手に取り払ったらどうなるんです?」

ふと、好奇心から青木氏に尋ねた。


このマンションの状態を何とかするには定期的に瘴気祓いをするか、丘の上にある浄化結界モドキの二つを完全に機能しない様に壊すか取り払うかする必要がある。


京都が結界だらけで外部の退魔師や愛し子は迂闊に歩けないと以前碧が言っていたから、古い結界ってあまり撤去する慣習が無いように思えるが、理由があれば邪魔なモノを退けるのが人間だ。


この場合、半ば放棄された結界って誰にその撤収を申し出るんだろう?


「ちゃんと維持されている結界だったらその核が管理者の所有もしくは貸借契約している敷地内に安置されているから、それを勝手に壊したら物品毀損と損害賠償で訴えられるわね。

今回みたいにちゃんと維持されてない場合は・・・管理者が存在しないか、もしくは所有権を失っていて損害賠償を請求する権利を有していない事が多いから、結界を勝手に消しても誰にも訴えられないと思うよ」

碧が横から教えてくれた。

そっか、こう言うのは碧の方が詳しいか。


「え、じゃあ京都のウザい結界とやらもガシガシ消しまくっても大丈夫なの?」

だったら一旦全部消して綺麗にしちゃえば良いのに。


「京都は管理者が居る結界と放棄された結界とがぐちゃぐちゃに絡み合ってるからねぇ。

ヘタをすると管理者がいない邪魔な結界を消したらそれに触れていたり重なっていた別の管理者付きの結界が崩壊したり暴走したりする可能性があるから、一つの結界を消すにも利害関係者を探し出して根回しするのに数年から数十年かかったりするから誰もやろうとしないのよ」


あ〜。

どっかの下町で戦後のどさくさ紛れに勝手に人が占拠して住み着き、20年経ったから所有権主張しちゃったり相続を何度か繰り返している間に権利所有者がネズミ算式に増えちゃって収拾つかなくなっちゃったりした土地が集まったヤバい木造建築密集地の再開発に何十年も掛かる様な話か。


「ちなみに、古い結界とかの詳細って退魔協会にちゃんと記録されているんですかね?」

青木氏がついでに碧に尋ねた。


「ちゃんと組織だった記録は無いと思いますよ〜。

それこそ、武家屋敷だった頃に誰が住んでいたかがわかればナニソレ家にどこそこの退魔師が雇われてどうこう言う結界を張ったって記録はあるかもですが、土地では無く人間や家系に紐づいた情報になるので探すのは至難の業でしょう」

碧が答える。


考えてみたら住所の名称だって江戸時代からじゃあガッツリ変わっているだろうから、オリジナルの術をかけた時の記録を見つけるのは絶望的かもねぇ。

ここら辺って東京空襲で爆撃を受けたんかな?

受けていないならもしかしたら大昔の地主の蔵みたいなところに残っている古文書にでも記録があるかもだが・・・。

碧の実家の蔵の様子を考えると、大量にある古文書の中からピンポイントに必要な情報を見つけるなんてほぼ不可能だろう。


藤山家みたいに現役で今でも退魔師と宮司として続いている家系ですら符以外の情報はかなり大雑把に山積みされた古文書の中に埋もれているのだ。


先祖代々の土地を分譲住宅やマンション用に売り払う羽目になった様な旧家は子孫が残っていないか、残っていても知識はほぼ離散していそうだ。


それこそ江戸時代の古文書を解読するのを専門にする学者が偶然子孫に出ていて先祖から伝わる蔵の中身を研究対象にでもしていない限り、詳細が見つかる可能性は限りなく薄そうだ。


「・・・じゃあ、碧さんと凛さんに、その結界の残骸の撤去を頼んじゃっても良いですかね?」

青木氏がちょっと悪戯っぽく目を輝かせて聞いてきた。


え、調べず、許可を得ず、やっちゃうの?!

まあ、こんな権利関係のはっきりしない問題は許可をもらうよりもやってから苦情が来たら許してもらう方が楽そうだし、そもそも問題が発覚しないかもだけど。


「良いんですか、それ?」

思わず碧と顔を見合わす。


「あそこの高台の土地を分譲開発した会社はそんな結界があるなんて知らずに元からあった家を壊し、木々を切り払って見た目だけ高級そうな家を建てまくったんですから、中途半端に壊れた結界から迷惑を受けている被害者側が完全に取っ払っても文句を言われる謂れはないでしょう。

と言うか、結界があると言う事自体知らないか信じていないんですから、壊しても文句を言いっこないですよ」


青木氏が丘の上を睨みながら言った。


「何か過去に問題があったんですか?」


「私が子供の頃にはあの丘の中腹に御神木と言って良いぐらい、立派な木があったんですよ。

あの地域が開発される際にあの大樹だけはシンボルツリーとして残す様、地域の住民で散々働きかけたのに無視して、工事の車両が通るのに邪魔だからといの一番に伐採しやがったんです。

多分そのせいで西側の結界はちゃんと機能しなくなったんだと思いますよ」

青木氏が低い声で教えてくれた。


へぇぇ。

青木氏ってここら辺出身だったの?


今だったら建築会社も住民の反対運動にそれなりに寄り添う配慮をするらしいけど、昔だったら地域の有力政治家に袖の下を渡して一般市民の苦情や要請なんて無視させ、ガンガン開発したんだろうなぁ。


願わくは、その再開発をした会社のお偉いさんがあの高級住宅地の何処かに住んでると期待したいね。

きっと色々と怨みを買ってそうだ。

そう言う怨みが今まではこっちのマンションに押しやられていたんだろうけど、そう言う効果がなくなると、家がどんな風になるか・・・興味が湧く。




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