第707話 善意スタートだったんだけどねぇ

「あ、こんにちは〜。

調べ終わったので帰ろうと思うんですが、ちょっとその前に管理人さんからもお話を聞いて良いですか?」

下に降りて行き、裏の自転車置き場の掃除をしていた管理人に碧が声を掛けた。


さりげなくそばに立ち、そっと隠密型クルミを肩甲骨の間ぐらいに付けて記憶を読み始める。

このマンションの自転車置き場は外にあるから気配が外の空気の動きに紛れやすくて助かった。


やはり室内の静かな空間だと、幾ら隠密していて見えないし音も聞こえなくてもクルミが肩に留まる感覚って微妙に何かを感じるのか、付けた時に手で虫でも払う様な仕草をする人が多いんだよね。


まあ、肩甲骨の間だったら並外れて体が柔らかい人以外は払えないけど。


で、記憶を読み始める。

ふむ。

青木氏が調査に来る話をしていたから昨晩は何もしなかったが、この管理人は最近は毎晩の様に何処かの残業マシマシ住民の部屋に入って異音を仕掛けているみたいだ。

残業な人が居ない時は住民が居ない空室を使っている。

エレベーター前の防犯カメラを見ていれば、基本的にいつ人が帰ったり出たりしているのか丸分かりなんだねぇ。


マジで管理人って住民に対して悪意を持ったらやりたい放題な様だ。

ある意味、音を出す悪戯(嫌がらせ?)だけで室内の物を盗んでいないのはまだ無難と言うレベルなのかな。

管理人って基本的に日中は色々と仕事があるから流石にそうそう住民の部屋に侵入している暇は無い様だから、夜の時間をたっぷり使える住み込みって言うのが危険度を高めるのかも。


更に記憶を読んでいくと、どうやらこの管理人の前の人は真面目に働いていて、苦情とかも真摯に解決できないかと色々と住民から話を聞いたりして調べて、結果としてどこの部屋の音がどこに聞こえやすいかとかの情報を経験値的に積み重ねていったっぽい。


で、歳をとってちょっと辛くなったから午前中だけの通いの管理人に仕事を変えた際に、引き継ぎで後釜のこいつにそう言う音の伝播情報も非公式に教えたのだが・・・。


最初はこの管理人も真面目に音の苦情とかに対処する為に使って居たんだけど、なんか暫くするうちに真面目に対処しようが文句を言う人は何かにつけクレームをつけると言う結論に達し、真面目に苦情に対処するのをやめた様だ。


住民からは態度が悪いとそれとなく不動産屋の方に苦情がいったらしいけど、今どき住み込みで働きたがる比較的体力がある若い管理人なんて少ないから、不動産屋の方もやんわりと苦情を伝える程度だった。


で。

ある日、クレームをぐちぐち言ってくる煩い住民の部屋Aに音が伝わりやすい部屋Bの住民が引っ越した。


貸し出しをするにあたって、複数の仲介業者が賃借人候補を見せられる為に部屋Bの鍵を管理人が一時的に管理する事になったのだが、時々うっかり鍵を返してくれない不動産屋がいる為、管理人が部屋Bの鍵を複製したのが始まり。


クレーム屋の部屋Aに音が伝わりやすい部屋Bに住民が入っても、その人がしょっちゅう出張で居ない事を利用して、クレーム屋がムカつく事を言って来た日に部屋Bの住民が出張で居なかったら忍び込んで、音を立てる道具を使ってガンガン嫌がらせをする様になったのだ。


暫くしたら、クレーム屋が何も言わなくても部屋Bの住民が出張に行く日は音を立てて嫌がらせをする様になり。

さらには部屋Bの人が出張に行っていなくても忙しくて帰ってくるのが遅い日が続いたらそう言う時にも入り込んで音を出し。


勿論クレーム屋が文句を言ってくるが、まともな対応はせずに『霊障かも』とか『誰かの恨みを買ったのでは?』みたいな事を匂わせて相手の顔色が悪くなるのを見て喜んでいたら、やがてクレーム屋が出ていったのだ。


その後は自分は気に入らない住民を追い出す為に鍵がない部屋にも入れる様、ピッキングの道具をこっそり入手し、練習する様になり。


そのうち、別に住民が腹が立つ事をしなくてもムシャクシャする事があったら適当な部屋に音を立てる嫌がらせをする様になっていた。


マジでクズじゃん、こいつ。

こいつの嫌がらせのお陰でそこそこ住民が頻繁に出ていく様になったので、今ではピッキングしなくてもかなりの数の合鍵を入手している。


それを青木氏が見つけられる様に手配したら懲戒免職も可能かな?

嫌がらせでストレス発散をしているから、盗みとか盗聴をしていないのはまだマシなのかも知れないけど・・・マイナスなのは変わらない。基本的に、住み込み式の管理人はやめた方が無難なんじゃないかね?


まあ、そこら辺は青木氏が考える事だけど。


こっそり作った合鍵の隠し場所を読み取り、音を立てる嫌がらせ以外はしていないのを再度確認してからクルミを回収し、碧に合図をする。


「じゃあ、どうもお時間ありがとうございました〜」

碧が明るくお礼を言うのに合わせて、軽く頭を下げてマンションから出る。


「どうだった?」

「なんかこう、時間と切っ掛けがあると人間って碌な事をしないんだね〜って言う典型例な感じ?」


いつか碧とは別に部屋を借りてシロちゃんや炎華から離れる事になったら、絶対に部屋に常時ガード用の使い魔を置いておこうと心に決めたよ。






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