第701話 知る人ぞ知る

「赤谷駅から西の方にある溜池公園側のデザイナーズマンションっぽい見た目の、コンクリが剥き出しな感じのマンションって事故物件だったりします?」

青木氏に電話して、聞いてみた。


住所の詳細が分からないんだけど、これで青木氏に心当たりがなかったらマップアプリで住所を確認する予定。

でも、青木氏曰く事故物件の情報ってそれなりに業界内では共有されているから知る人ぞ知る系の情報らしいんだよねぇ。


『あ〜、あの大きな古本屋の脇を奥に入ったところのマンションですか?

比較的駅近なのに日当たりも良くて売りに出た時は人気物件だったんですけどねぇ』

思い当たりがあったのか、直ぐに返事が来た。


やはり、『事故物件じゃ無い』ってコメントが付かなかった。


「ちょっと近くで猫の霊の話を聞く機会があったんですが、あそこって変な低周波音が凄く煩いらしいんですって。そちらの確認はしたんですかね?」

『近所で猫の霊の話を聞いた』なんて怪しさ満載だが、何か退魔協会の仕事ついでだったと考えてくれると期待したい。


流石に精神科医のセッションを盗み聞きした後にその患者の後をつけたとは言えない。


『え??

そうなんですか?!

あそこって体調を崩したって言って出ていく人が多くて中々賃借人が長続きしない上に、鬱になって自殺してしまった人まで居て・・・お祓いもして貰ったんですがその後もその部屋だけでなく周辺の部屋でも『ここに引越してから体調が悪くなった、事故物件なのを隠しているんじゃ無いか』って苦情が多いんですよね。

マンション全体が隠密型な悪霊にでも呪われているんじゃ無いかって私達の間では評判で』


隠密型な悪霊って何やねん。

「亡くなった人が居たとは知りませんでしたが、霊が他に見つかっていないなら多分猫の霊が言っていた低周波音が不調を引き起こしているのかも?

あれも頭痛や不眠症の原因になるらしいですからね」


生者を嫉み、引き込んで死なせてしまおうとする悪霊の祟りと違って、物理的な問題による不眠症だったら自殺にまで追い込まれる外部的要因は本来なら無いはずだけど、体調が悪いところに仕事なり家庭なりで問題があったら自殺しちゃう人も居るんだろうねぇ。


その人が除霊が必要な程何かに不満を抱いて死んだって言うのは可哀想だけど。


『うわぁ。

今となっては事故物件の悪評をそう簡単には拭えませんが、ちゃんと原因が分かればそれなりに貸し出しや売却も可能かも知れませんね!

他の業者とも相談して、ちょっと調べさせます。

ご一報、どうもありがとうございました!』

嬉しげに青木氏が言って、電話を切られてしまった。


おやま。

そんなにあのマンションの解決策って分かったかもって言うのが嬉しい情報なのかね?

ウチらに確認依頼をして来なかったのに。


「どうだった?」

源之助相手に新しくゲットした、ビヨンビヨンと伸びるバネっぽいおもちゃをタイミングを見計らいながら動かしている碧が顔を上げずに聞いてきた。


猫って新しいオモチャを無我夢中で追いかけるフェーズが終わると、何故か椅子とかローテーブルとかの影から狙おうとするんだよねぇ。


オモチャ相手に物陰から襲いかかる必要は無いんだけど。

でもまあ、尻尾とか首がオモチャに反応してピクピクっと動くのが面白いから、碧なんかは『隠れ始めてから如何に誘い出すかが醍醐味』とか言っている。


私はもっと単純にババっと飛び付いてくれる方が楽で良いんだけどね。

時々、飽きたのかと思って遊ぶのをやめたら忘れた頃に突然襲い掛かってくる時もあるし。


突然出て来られると、うっかり蹴りそうになっちゃったりして、ヒヤリとするんだよね〜。


まあ、それはさておき。

「心当たりがあったらしくて、詳しい住所を言わなくても直ぐに分かってた。

しかも低周波音がするって猫の霊が言っていたって伝えたら凄い勢いで飛び付いてきた」

ある意味、新しいオモチャに飛び掛かる源之助みたいな勢いだったかも?


「へぇ?

ウチらに鑑定依頼の話が無かったのにね」

確かに、青木氏に頼まれて不動産の事故物件鑑定をやった地域のそばだったからついでに回ってもおかしく無い場所だったよね、あそこ。


「なんか、既に過去に自殺しちゃった人の除霊を頼んだらしいけど、それで問題が解決しなかったからなのかも。

当然退魔協会には解決しなかったって苦情が行って、向こうは確認に調査員を送って霊は残っていないって返事しただろうから、ウチらに頼んでもどうしようも無いと思ったんじゃ無い?」


ある意味、退魔協会の調査員も動物の霊を連れて回るべきかも?

こう言う霊じゃ無い問題も発見しておく方が、クレームが減るだろうに。


まあ、黒魔術系の適性持ちじゃ無いと死霊を使い魔にするのも難しいから、厳しいかな?

・・・と言うか、陰陽師の古い家系なら使い魔契約の知識はあるだろうけど、退魔協会の調査員になる様な人ってそう言う技能って持っているんかな?


こないだの呪師見習いあがりの立川少年みたいな『能力はある程度あるけど、借金を負いたくないから退魔師にならない人間』が調査員になるんだったら使い魔契約は無理だろう。

多分。


調査用に便利だからって事で退魔協会側でノウハウをキープして調査員に提供している可能性もゼロでは無いが。


さて。

低周波音調査ってどのくらい手配するのに時間がかかるんだろ?

おっさんの様子をいつまで追跡調査するか、悩ましいなぁ。




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