第698話 ようやく、次。

「やっとか」

クルミと共有している視界に不眠用お守りを渡されている中年のおっさんを見ながら、安堵の溜息を吐いた。


結局、戸塚さんにお守りを渡してから5日も経っている。

戸塚さんの観察は4日程やって、昨日切り上げた。

なんかねぇ。

あの人、スイッチをオフにする方法を知らない(出来ない?)ワーカホリックって感じだった。


どうも会社で女性であると言うだけで同期の男性と同じだけ評価されないと感じたらしくて、ムキになって仕事をガムシャラにやっている間に周囲に頼られる様になり、それなりに昇進したものの随分と便利に使われちゃってるな〜って様子だった。


確かにクルミが付いてまわっていた2営業日だけでも、社内のミーティングですら他部署とかの人だとデフォで女性より男性の方が責任のある地位についていると思い込んでいる人も多いし、取引先とかに行っても同行している男性を態々『の誰それです』って紹介しないと男性を上司扱いされる事が何度かあったので、ムキになるのも分かるんだけどねぇ。


それで体や心を壊しちゃったら『やはり女は頼りない』とか言われる事になるんじゃないかね?

まあ、実際には男性だって体を壊したり鬱になったりする人はいる筈だけど、会社の管理職の大多数が男性である場合、その中の何割かが鬱になっても特に注意をコメントを生まないが、数少ない女性が体や心を壊すと『やはり女性にはこのプレッシャーは無理なんだろう』とか言われる事になるのが容易に想像できる。


クルミがこっそりついて回っている時も、あの隈の事を面白おかしく貶している女性が何人も居たし。

女の敵は女ってマジだね〜。

男性も自分より出来る女は目障りなのか、それなりに嫉妬むき出しに悪口言っているのが居たけど。


出来る男も色々と足を引っ張られるかも知れないけど、女性の方が会社で正当に評価されようとすると更に大変なようだ。

まあ、『正当な評価』なんてかなり主観的なモノだけど。


手遅れになる前に戸塚さんが斎藤氏のヘルプで仕事をもう少し割り切って、常に120%の力を注ぎ込んで働くんじゃ無くって、もしもの時に余力がある様に90%ぐらいで頑張る様に力を抜ける様になることを祈っておくぐらいしか、私に出来る事はない。


会社にも特に変な穢れや呪いも無かったし、本人もお守りをちゃんと正しく使って翌日は『熟睡できた!』って感激していたので、4日でクルミの派遣はやめて、ハネナガと交換させた。


ピンバッジ型の躯体にいるクルミの方が隠密行動させた時の魔力消費が少ないんだよね〜。

人の会話ももう少し親身に聞いて理解しているからか、私への説明も分かりやすいし。


やっぱ公園で暮らしていた鴉じゃあ人間の生活の中でのあれこれは理解できないことも多いっぽい。

愛玩動物じゃなかった(と言うか人間に石を投げられて殺されたらしいし)のでハネナガは人間への親愛度も低いし。


と言う事で今朝からクルミに戻していたのだが、丁度そのタイミングで次のお守り付与患者が出てきたのだ。

斎藤氏、信頼関係を築けている患者が少なくない??

それとも超常的なお守りに頼らなきゃいけない程ヤバい患者が少ない事を喜ぶべきなのか。


この患者も特に問題なかったら、もう見張るのはやめにしよう。

いい加減、時間と魔力の無駄な気がしてきた。


それに、呪われてたり悪霊が居たとしても、それをどうするかは悩ましいところだしね。

勝手にボランティアでお祓いとかしたら退魔協会から睨まれるし、変に無料で人助けする前例なんぞ作ると次回からも当然助けてくれるよね、と思われかねない。


善意の手助けって何故か最初の数回を越すと『当然の権利』に変質しやすく、こっちへの負担が想定以上だからと止めると恨まれたりするんだよねぇ。

最初は有り難がって只管お礼を言っていた筈なのに、何故かそれが忘れ去られるのが人間の精神構造の不思議ミステリーだ。


何か問題があると分かっても、患者とのやり取りとその後の私生活を見張っていたと斎藤氏にバラすのも躊躇われるから、患者に神社へお祓いに行けと勧めることすら難しい。

と言うか、実際に呪われている人は今のところ待合室でも見かけていないから、精神科医の呪詛被害者を見極める能力がそれなりなのか、私ら退魔師が思っている程世の中呪われている人は居ないのかも。


取り敢えず。

このおっさんは何が原因で不眠症なのかな?








  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る