第697話 出来ることはあまり無い

土曜日なんだからせめて部屋の掃除をするか、もしくは睡眠不足を解消する為に昼寝するか、さもなくは撮り溜めた録画でも見るかと思ったのだが、戸塚さんはスーツを脱いでラックに掛け、シャツをクリーニング用らしき袋に突っ込んだ後は徐に食卓に座り、PCを立ち上げた。


態々壁際の狭いところに座っている。

どうせなら窓の外が見えるところにでも座ればいいのに。

壁を背にして部屋の中が見えるのって圧迫感は無いかもだけど、このゴミ部屋が見えているのってストレスにならないかね?


それともゴミ部屋に慣れたらゴミ袋や床に散乱する段ボールや包装材は実質目に入らないのだろうか。


まあ、趣味の動画ウォッチとか、薄い本の作成とか、オンライン小説を読むのでも夢中なればPCの画面から目を上げないのかもだが。


オンライン小説を読むならタブレットを使ってソファかベッドの上で寝転がってやる方が、良い感じにリラックスしたら偶発的に眠れる可能性があっていいと思うんだけどね。


帰る途中にファミレスで食事を食べていたし、リラックス出来たら薬やお守りの補助なしにもうたた寝出来るかもよ?


そんな事を考えながらクルミの目を通してそっとPCのスクリーンを覗いたら・・・。

「仕事かい!!」

思わず声が漏れる。


「どったの?」

碧が声を掛けてきた。


「やっと斎藤氏がお守りを患者に渡したから、上手くいくかちょっと確認しようとクルミに尾けさせたんだけど・・・なんとゴミ部屋に帰ってきた患者さんは仕事用のPCを家に持ち帰ってるみたいで。

土曜日だって言うのに仕事を始めた!!」

週休2日は基本的人権だよ?!


「繁忙期のピークが激しい業界だったら、忙しい時期に例外的に沢山働くって言うのもありだと新聞で読んだ気がするけど、それなのかも?

精神科医に通っている事を考えると・・・仕事が多過ぎて家に持ち帰っちゃってるワーカホリック系か、どっちだろうね?」

碧が他人事の様にあっさりコメントした。


まあ、他人事なんだけどさぁ。


「めっちゃ凄いゴミ部屋に住んでいるから、仕事を断れないワーカホリック系な気がする。

でも、よくそれで精神科医に行く様になったよね。

不眠症が辛すぎて、睡眠導入剤目当てかな?」

睡眠導入剤は普通に薬局でも売っている筈だが、医者で処方している奴の方が強い筈だし、健康保険が効くから3割負担で診療代を含めても本人的には安上がりな事もある。


社会全体としては高くつくんだろうけど。


「リモートワークが出来るようになったのは便利かもだけど、家に仕事を持ち帰る人が増えたら微妙だねぇ。

自発的だろうと強制だろうと、働き過ぎは良く無いのに」

碧が溜息を吐きながら言った。


「だね。

まあ、精神科医に掛かっているんだからそのうちそこら辺の割り切りをもっと上手く出来る様に誘導されると期待しよう。

不眠症で飲んでる睡眠導入剤が不要になったら、薬のせいで頭がぼーっとするって事も減って仕事の効率が上がるかもだし」

とは言え、まずはあのゴミ部屋を何とかしたほうが良いと思うけどね。


蝿が飛んでいる様子は無かったが・・・段ボール箱ってそれなりに虫の卵がついているリスクって高いんじゃ無かったっけ?

そう考えると段ボール箱や包装材の残骸が足の踏み場もない程散乱している部屋はかなり危険そうだ。


「取り敢えず。

部屋を暗くする様になったらクルミに声をかける様に言っておくか。

流石に赤の他人の私生活を覗き込んで批評するのは駄目だろうし」

思わず家に押しかけて、思考誘導を使って色々改めさせたくなってしまう。


『凛』

お。

クルミの代わりに斎藤氏を見張らせていたハネナガから呼び掛けがあった。

まあ、これもまた普通に『眠れましたか』と聞かれているだけの可能性が高いが。


取り敢えず、様子を見ながらお守りでも作っているか。

いい加減、待機や見張りに時間を無駄に掛け過ぎてるわ。



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