第695話 待ち時間が長い!!

「ぐっすり快眠出来ているような人は、精神科医に来ないんだね・・・」

朝から5人目の患者が斎藤氏の部屋から出ていくのをクルミの目を通して見守りながら、思わず碧に愚痴を溢した。


「そうなの?」

肩凝り用お守りを作っていた碧が筆を置き、背中をぐいっと伸ばしながら聞いてきた。


「人の悩みごとを盗み聞きするのも悪いから、クルミに『睡眠』とか『眠れてますか』とか言った言葉が出てきたら私に繋ぐよう頼んだんだけど、タイミング的に考えて、多分全員の患者に眠れているか聞いているし、どの患者も不眠症気味みたい」

まあ、ストレスが掛かると眠れなくなる人は多いからね。

睡眠こそが脳が休まる必要不可欠なプロセスなんだと思うけど、睡眠がストレスに弱いって・・・考えてみたら人類って精神的ストレスへの対抗力を重視した進化を遂げていないよねぇ。


殺し合いが上手いとか、食糧がなくても死ぬ間際までちゃんと動けるとか、悪巧みが上手いとか、そう言うのが今までの人類の歴史の中では生存に有利だったんだろうなぁ。

ある意味、生存競争が激しいような社会だったらストレスに負けるような人は生き残れなかったんじゃ無いかと思うけど、核家族化した中でのモラハラとか、オフィスでのパワハラとかって言うのは人類にとっては新しい形の試練なのかも。


そんな試練を耐える必要は無いのが一番だけどね。

もっと風通しが良くなって、居心地が悪い環境からさっさと離脱してやり直せる社会になれば良いんだけど。

考えてみたら、安全で比較的裕福な日本に生まれてラッキー〜と思っていたが、やり直しの容易さに関しては日本ってあまり良くないらしいからね。


私だって、碧(と言うか白龍さま)と言う無敵な盾が助けてくれているから色々と好きにやれているが、これが私1人だったら権力者に目を付けられないよう息を潜めるようにこっそり魔力を使って社会の片隅に隠れるように生きる羽目になったかも知れない。


その場合、やり直しの難しい社会って何かがあって逃げる羽目になる度により下の立場からやり直す事になって、どんどん底辺へ沈んでいたかも。

怖いねぇ。


まあ、それはさておき。


「で、その5人の患者にお守りは渡していないの?」

碧が聞いてくる。


「そうなのよ〜!

睡眠の事を聞くのは案外と終わりの方が多いみたいで余計な話はあまり聞かないで済んでいるんだけど、薬を出すとか寝る前のリラクセーションエクセサイズの話をするとかばかりで、お守りを出すって話はまだ一度も出てなくって。

それなりに信頼関係があって変に宗教に依存しないと思える患者にしか使わないって言っていたけど、信頼関係のある患者が思っていたよりも少ないのか、お守りを是が非とも使いたいぐらい睡眠導入剤を常用しちゃっている患者にまだ行き当たっていないのか、どっちなんだろ?」

この調子で斎藤氏の患者との話を延々と聞いていく羽目になるのは勘弁してもらいたいんだけど。


「ヤバいレベルで睡眠導入剤に依存している患者が少ないんじゃない?

出来る限り薬に依存させないよう、問題を解決する方向に助けるのが精神科医の腕の見せ所だろうし」

碧が指摘した。


確かに。

まあ、患者ありきの話だから医者側の腕や対応だけで薬への依存が起きるとか悪化するとかに繋がるとは限らないだろうが、安易に患者が薬を頼るのを医者が許容するとアメリカのオピオイド乱用問題の様に一気に依存が進む可能性は高そうだ。


日本は特に医者の言う事を盲目的に信じる人が多そうだから、医者が薬を出してくれるなら大丈夫とか思い込みそうだしね〜。

薬を出さないなら他の医者に行くと言う行動で実質医者を脅して薬の処方を強要しているんだけど、そこは『体に悪かったら金のためとは言っても危険な程は薬を処方したりしないよね』って考えるっぽいし。


いやでも、医者は信用できないって考え方もあるか。

金の為に必要以上に薬を処方しているんじゃ無いかと疑いつつも、有害になるような事はしないだろうと信じているって感じかな?


まあ、だからこそ斎藤氏は睡眠導入剤の使用が有害なレベルになりそうな患者に関して自分が眠れなくなるほど悩んだんだろうし、お守りに頼ろうなんて言うちょっと突拍子もない解決策に縋る事にしたんだろうけど。


そんなこんなでウンザリしながら斎藤氏の患者とのやりとりに耳を傾けていたら、やっと3日目にお守りの話題が出てきた。


考えてみたら患者が医者に毎日通う訳がないんだから、お守りが必要な患者の来るタイミングだって相手の予約次第だよね。

もっと遠慮せずに斎藤氏の記憶を読んで、誰にいつお守りを渡すつもりなのか調べておけば良かったと深く後悔していたんだけど・・・やっとだよ!!






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