第694話 一応大丈夫な、筈。

取り敢えず、5つほど不眠用お守りを定価で売り付け、お互いどうなるか様子を見るという話に落ち着いた。

まあ、斎藤氏は様子を見るのは自分の方だけだと思っているかもだが、私もクルミを部屋の隅っこに待機させて様子を確認する予定。

5人の患者に直ぐに出したら追跡調査が難しいからそこはどうするか、ちょっと悩ましいけど。

ハネナガに待機しておいて貰って、最初と二番目の患者だけハネナガとクルミで追いかけるかなぁ。


プライバシーを侵害しまくりだけど、斎藤氏とのセッションの様子を覗き見させて貰って・・・どうするかはその時考えよう。


普通に患者に渡しているなら悪用の危険はそれ程無いだろうし。


斎藤氏の部屋を出た後にちょっとトイレを借りてハネナガを喚び出し、声を掛けたら斎藤氏の部屋を観察出来るよう準備しておいてくれと頼んでおいた。


ハネナガ曰く、一度召喚された場所なら私が魔力を込めれば再度現れるのはほぼ瞬時に出来るらしいので、必要になるまでは普通に遊んでいて大丈夫らしい。

ハネナガって意外と遠出とか、好きなんだよねぇ。


渡り鳥と違って鴉って決まった場所を縄張りにしてあまり移動しないタイプの生き物だと思っていたが、遠出しても襲われたり餌に困ったりしないのだったらあちこち見て回るのが好きな個体も居るのかな?


人間だって旅行好きな人も居ればインドア派でのんびり自分の家に籠っていたがる人もいるしで、人それぞれだもんね。


と言う事で帰宅。


「どうだった〜?」

気持ち良さげに昼寝している源之助を膝の上に乗せた碧が聞いてきた。


「まあ、それなりに善意の人って感じ?

睡眠導入剤をガチで常用している人が、誰かをうっかり殺すかどっかで意識を失って事故死しちゃうかの前に何とかしないとって眠れないぐらい悩んでいたみたい」

精神的に負荷が掛かった際、三大欲求のうちで最初に支障が起きるのが睡眠だって言うからね。

まあ、食欲だって同じく支障が出やすいだろうが、こちらはある程度は自分で意識的に食事量をコントロール出来る。


睡眠はねぇ・・・眠れないって思っていると余計に眠れなくなる事が多いし。

そんでもって薬を常用しすぎると『薬なしでも眠れる様にならなきゃ』って思うことで却って『薬がなきゃ眠れないのでは?』と言う無意識下での疑惑になり、余計に悪化しかねない。


そこまで薬に実質依存しちゃっている患者にお守りなんていう非科学的な手段を使わせる事が本当に出来るのか、ちょっと疑わしい気もするけど。

そこら辺はちゃんと患者の方も斎藤氏を信頼して、お守りを試すのが嫌だったら嫌だと言える状態であると期待しておこう。


「なるほどねぇ。

いくら安全基準を満たしているって言っても、長期間ずっと睡眠導入剤を使っていたら体が慣れちゃってどんどん強い薬が必要になりそうだし、お守りでなんとか出来るなら縋りたくもなるか〜」

碧が源之助の頬の辺りをこちょこちょ撫でながら返す。


「考えてみたらさ、回復術の符って退魔師以外への販売が制限されているんでしょ?

不眠用のお守りをお守りじゃなくって実質治療用の符として売った場合ってどうなのかな?

5つならまだしも、定期的に大量に売りつけたら普通のお守りですって言い訳が通用しなくない?」

まあ、ウチら程度の売り上げで税務署の調査が入るとは思わないけど、何かの拍子に斎藤氏が患者に出しているお守りの事が退魔協会とか医師団体のお偉いさんとかにバレたら、イチャモンを付けてくる可能性はある。


「一応、符の販売そのものは規制されてないからねぇ。

回復術の符は医療行為を素人が出来ちゃうから危険だって言う名目での規制だから、医者が使っている不眠用の符はその規制に引っ掛からないんじゃない?

大量に売り出したら製薬会社とかが何か適当な理由をでっち上げて規制させようと政治献金をしまくるかもだけど」

碧が肩をすくめながら言った。


「そこまで大量に作れないし、売らないから大丈夫かな?

斎藤氏の患者もそれ程多い感じじゃなかったし。

でも、符って販売に規制が無いんだ?」

ちょっと意外。


「基本的に符って使う時に霊力を通して起動させるから、一般人に売り付けても単なる紙屑だもん。

買う方が騙された馬鹿って話になるから、態々規制はしてないの」

碧が教えてくれた。

そっか。

いくら符を描く際に術師が魔力を込めようと、使用者が自分の都合がいい状況を選んで起動させたかったら魔力を流して動かす形にしないと無理か。


前世では基本的に一般人でも大多数の人間は魔道具を起動させる程度の魔力を流すのは出来たから、一般人だから魔道具やスクロールを使えないなんて事は無かった。


ある意味、退魔師が実質伝説の存在になっちゃったこちらの世界ならではの状態だね。


「そんじゃあまあ、取り敢えずちょっとクルミとハネナガに患者にお守りを渡す様子とその後の利用状況を観察して貰うけど、通常に売り出す個数にプラスアルファ程度だったら斎藤氏に提供しても大丈夫そうかな?

年に一度ぐらい会いに行って彼の倫理観が歪んできていない事を確認した方が良いだろうけど」

善意で始めた行為でも、時間が経つにつれて歪んでいく事はそれなりにあるからねぇ。


変な事にならないと祈っておこう。








  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る