第693話 色々心配事が多いんですね

「こんにちは、長谷川です」


「初めまして、斎藤です。

最近はちょっと思う様にならない事が多くて色々悩んでいるうちに眠れなくなる事が多くなっていたのですが・・・従兄弟の柳原から先日貰ったお守りは本当に素晴らしい。

是非ともあれをこのクリニックでも幾つか患者さんに提供させて頂きたいと思って連絡しました。

今日は態々こちらまで足を運んで頂き、ありがとうございます」


斎藤氏と挨拶しながら握手する。

ついでに握手に注意が逸れている間に背中にピンバッジ型クルミを貼り付けた。


私かクルミが触れていないと、しっかり考えが読めないからね〜。

クルミ経由だとちょっと微妙なのだが、これだけ近距離だったら十分クルミの接触で心が読める。


「ちなみに、斎藤さんは氏神さまとか、呪詛とか、悪霊とかを信じているんですか?」

信じていなかったらお守りが気休めもしくは何か不思議な成分が含まれていると思っている事になるから、態々柳原氏経由で私に接触して来ないとは思うけど。


「それは勿論。

肉体だけを診ている医者はさらっとしか習わないが、精神科医を専門に習うならば呪詛や悪霊の人への影響は必須科目ですからね」

斎藤氏があっさり教えてくれた。


そうなの?!

まあ、考えてみたら悪霊が憑いていたらどれだけカウンセリングで話をしたり、向精神薬系の薬を飲んでも治らないもんね。

ある程度治療してダメだったら、場合によってはお祓いを勧めるべきなのをちゃんと医大の方でも教えているのか。


「あの不眠用のお守りはどんな風に使うつもりなんですか?」

医大で呪詛とか神様とか悪霊とかに関してどう教えているのか興味があるが、取り敢えずそちらは後回しにして今回のミーティングの主目的に関して尋ねる。

・・・興味があるから、医大で提供されるそう言った関係の教科書を貸してくれないかなぁ。


「私は重い双極性障害や統合失調症の様な一部の疾患以外に関しては、出来るだけ薬に頼らない治療が重要だと思っているんです。

精神科医での治療は普通の風邪や怪我と違って長期に渡る方も多い。だから薬は最低限は出しますが偽薬プラセボを出来るだけ処方して身体が薬に依存しないようにしているのですが・・・睡眠だけはしっかりとれねば治る症状も治りません。

ですが睡眠導入剤は常用すると依存したり様々な副作用が出たりで危険性も高いので、本当に頭が痛い問題なのです」

斎藤氏が説明し始めた。


おいおい、薬を出さないと患者が他に行ってしまうって言うのは待合室でも話を聞いたから患者からの要求もあるのは分かったけど、偽薬プラセボを出してるの??

なんかそれって騙しているみたいな気もするが・・・まあ、患者の為を思ってだったらありなのかな?


患者相手に『偽薬プラセボも出します』なんてぶっちゃけたら治療にならないだろうし。


考えてみたら、風邪薬ですら飲んだ後は車を運転するなとかって言われているんだから、睡眠導入剤を常用していたら車の運転とかも危険そうだ。確かにお守りでそれを代用できるなら安全性も高まって良いかも?


「精神的に弱っている患者に神頼みになりそうなお守りなんて持たせるのは危険ではありませんか?」

神への依存は推奨しないぞ〜。

善意からのお布施とかは常識的な範囲だったら宮司達も大歓迎だろうけど、依存からの傾倒の末に生活費とかまで削ってお布施とかされたら誰も幸せになれない。

家族に知られたら風評被害もでそうだし。


「運動も兼ねてちょっと気分転換にお地蔵様巡りをしたらどうかと言うのは患者全てに勧めていますし、意外とそれを楽しんでくれる方も多いので、ついでに入手したと言えば深く考えずにお守りも受け取ってくれると思います。

と言うか、それなりに信頼関係があり、状態も分かっている患者の正常化ステップの一つとしてのつもりですし」

信頼関係があったら偽薬プラセボを出しても許して貰えるのかな?

と言うか、薬は偽薬プラセボでもお守りの効果は本物だから、患者に『君はもう薬なしでもちゃんと眠れているんだよ』と言い聞かせるのって嘘になるよね。


どうするんだろ?

そっと心を読んでみたところ、どうやら本人的にはまずは何人か睡眠導入剤を依存レベルで常用している患者に使いたい様だ。

正常化と言うよりも、いつの日か患者が運転中に眠りに落ちて人を轢き殺したとか、駅でうっかり意識を失って電車が入ってくるタイミングでレールの上に落ちたなんてニュースを見る事にならないかとヒヤヒヤしているらしい。


睡眠導入剤を使ったら翌日も車の運転はしない様に指導しているが、家族構成や地域によってはそれでは生活が成り立たない事もある。

斎藤氏には言っていなくても、患者が車を使っているのを察しているせいで頭を抱えている様だ。


そのせいで本人が眠れなくなっているって・・・ちょっと皮肉な話だね。


「まあ、本人の為になり、変に悪用しないなら幾つか提供するのは構いませんが・・・このお守りはちゃんと部屋が暗くなり、対象者が横になっていないと効果が発しませんし、お守りも寝る場所の側に置かないとダメな上に3ヶ月程度で効果が切れますから、気を付けて下さいね?」

不眠症なのに慣れちゃって、電気をつけっぱなしにして眠くなるのを待つタイプ相手には効かないよ?


「そこら辺はしっかり話し合いますので」


まあ、悪意は無さそうだし、断ってもその気になれば諏訪にある碧の実家に行けば普通に買えちゃうしね。


取り敢えずお守りを幾つか渡して、クルミに監視させるかな?







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