第692話 薬をよこせ要求?

「斎藤先生ってどんな感じですか?

ちょっと叔母がブラック企業で働き過ぎて鬱っぽくなっちゃったので、どこか良い先生のところに強引に連れて来ようと思っているんです。

ここの事は知り合いに聞いたんですけど、出来れば他の患者さんの忌憚のない意見もお伺いしたくって」

柳原税理士氏の従兄弟の精神科医である斎藤氏に会う約束をした当日、1時間程早く来て待合室で患者達を相手に色々と話を聞いて回った。


普段だったら待合室で会ったのであろうが見知らぬ若い女性にペラペラと自分の精神科医の話をしたりはしなんだろうが、今回はちょっと切実な必要があるからと言う事でそっと意思誘導を使わせて貰った。


ちなみに軽い認識阻害の術も使って周囲や受付の人から注目を集めない様にもしている。


本当はここに居る患者だけじゃ無くて来なくなった患者の話も聞くべきなんだろうけど、流石にそれをやろうと思ったらクリニックの診察記録を漁らなければならないので、そちらを探すのは難しいと諦めている。


ちなみに受付嬢にもさらっと話を聞いたが、案外と無関心な派遣の女性である事が判明。

正社員を雇えないなんて、意外と精神科医の経営状態って世知辛いのかな?

奥の方にアシスタントか秘書っぽい人も居たから、受付だけ分けているのかもだけど。


レントゲン機器とかを揃える必要がある整形外科とかよりはずっと開業に掛かるコストは低そうなものだが・・・怪我をしたら医者に行くと言う流れがはっきりしているし、高齢化社会であちこちが痛かったり動きに支障が出てきたりした老人患者がガンガン増えている整形外科に比べて、精神科医って言うのは患者数が少ないのかな?


パワハラとかモラハラとかブラック企業とかって話を最近色々と聞くから精神科医に掛かる人も増えていそうだが・・・ある意味、パワハラやモラハラを受けている最中は精神科医に行こうと思いつく様な余裕がなく、会社を辞めたり離婚したりして後遺症を診てもらおうと思った時点では金銭的に厳しいのかも知れない。


鬱病なんかは一度罹ったらかなりの高確率で再発するって話だから、ハードな現代社会だったら患者がそれなりに量産されそうな気もするが・・・必要に応じて精神科医に行こうと前向きに思える様な人は再発したりしないのかな?


完璧主義な人が鬱病ってなりやすいって話だから、精神科医に行くって言う自分の弱さを中々認められなそうな気もするし。


まあ、それはさておき。


「斎藤先生?

こちらの話をしっかり聞いてくれるし、無理に立ち直れとか言ってこないし、良い人よ?」


「無理に立ち直れなんて言うのは精神科医としてヤブなのでは?」

立ち直ろうと思って立ち直れるんだったら精神科医なんぞ必要ないだろう。

それこそ黒魔術で精神構造にちょっと手を加えてトラウマ的な傷を隠して認識できない様にでもするんじゃ無い限り、一度バランスが崩れて変調をきたしてしまった精神を意志の力で立ち直せる人間はあまり居ない。


「そうなんだけどねぇ。

最初は穏やかに話を聞いてくれていても、段々と『もうそろそろ立ち直っても良いんじゃ無い?』って感じの空気を醸し出してくる先生も多いのよ・・・」

疲れた様に相手の女性が教えてくれた。


そっかぁ。

まあ、精神科医だって『医者』だもんねぇ。

うっかり『早く治って欲しい』と言う願望が漏れ出ても不思議では無いか。

早く治りたいと言う患者さん自身の焦りから出てくる被害妄想な可能性もあるし。


「どうもありがとうございます」

お礼を言ってそれとなく私の事を忘れる様に意識誘導しつつ、次の患者の側へ寄る。


何人かの精神科医が共同で開いているクリニックなのか、先生の名前が3人ほど表に張り出されており患者も数人居たのだが、1時間を使って話を聞いた4人のうち2人は別の先生の患者だった。

1人は以前斎藤氏の患者だったらしいが、薬を出来るだけ減らす様誘導してくるスタイルが気に入らないとかで、別の先生に変えた様な事を言っていた。


うわ〜。

薬の信望者ってマジでいるんだね〜。

私なんかは却ってじゃらじゃらと薬を処方されると『金儲けの為に必要ない薬まで買わされているんじゃないかな』と密かに疑うんだけど。


だから以前風邪を引いた際にそれとなく医者の意識を読んでみたら、微妙なラインだった。

薬が無くても安静にしていればちゃんと治る筈なのだけど、薬を処方しないとぎゃあぎゃあクレームを突きつけてくる患者が多いので、その医者はもう諦めてさっさと誰にも文句を言われないぐらい十分な薬を出す様になったらしかった。


回復に掛かる日数が多少長くなっても、長期的には体の免疫力とかを考えるとしっかり暖かくして寝て治す方が良いと真摯に説明しても納得して貰えないことのほうが多い上に、時間が掛かり過ぎだと上からも注意をされる始末だったので、諦めてガッツリ薬を出す様になったら収入が増えた上に病院内での評価も上がった様だ。


今ではガッツリ薬を出さないないなんて馬鹿のする事だと考える様になっていたのがちょっと悲しかった。


私が思っていた以上に、薬を欲しがる患者って多い様なんだよねぇ。

風邪とか肉体的に問題がある患者だけで無く、精神科医に掛かる患者でもそうだと言うのはちょっと意外だったけど。


「長谷川さま〜」

お。

私の時間の様だ。



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