第686話 説得材料

呪師らしき男性を押し倒す形で部屋の中に押し入った私の後に碧が続き、さっと玄関の扉を閉めて鍵をかける。


「上手く行ったね〜」

碧が楽しげに言った。

以前呪師の家に押し入った時も思ったけど、碧ってこう言うアクション映画っぽい行動が好きだったりする?


凄く楽しそうなんだけど。

まあ、かく言う私もそれなりにちょっとワクワクしているけどさ。


「だね!

ちょっと後頭部を打ったかも知れないから、全身を一応確認してくれる?」

下手に背骨とか頸椎とかを痛めていたら悪いからね。


「ん。

・・・ちょっと栄養失調気味だけど怪我とかは無いね。

まあ、ちゃんと料理とかしていないみたいだし、こんなアパートに住む程度しかお金を貰ってないなら自炊しないとなると食事が偏りがちになるのはしょうがないかな?」

台所のそばにすすいで重ねてあるっぽい大量のカップヌードルの容器を見ながら碧が言った。


呪師の見習いだったら住み込みで食事付き・・・と言うか料理も含めた雑用係になるかと思っていたんだけど、意外にも離れて暮らしていた様だ。


だとしたら脅されて無理矢理奴隷の如くこき使われた丁稚もどきな見習いって訳じゃあなかったのか。


前世の見習いとか弟子って『人権?なにそれ美味しいの?』的な扱いが多かったから、こっちでも呪師はそれに近いのかと思っていたんだけどね。

退魔師でも弟子はガッツリ金を搾取される対象な様だし、呪師だったら授業料とか礼金とかを搾取できない代わりに肉体労働的に搾取されているかと思っていたんだけど。

意外と呪師の方が見習いの待遇が良かったりするんかね?


まあ、あまり酷使し過ぎると退魔協会とか警察に駆け込まれるリスクがあるっちゃあ、あるもんね。

裏切ったら呪い殺すって脅しても、現状は死んでいるのと同じだとか死んだ方がマシだとかって感じられたら『殺す』って脅しは意味がないからねぇ。


今だったらネットとかにガンガン顔写真を含めて情報を垂れ流すって言う報復手段もあるし。

自爆覚悟だったら依頼人の写真も撮ってついでに会話とかも録音してアップロードしたら、怒った依頼人に師匠役の呪師抹殺命令が出る可能性もありえる。

ある意味、自分で師匠役を殺そうとするよりも復讐の成功率が高いかも?


「取り敢えず、健康上に問題がないなら退魔協会に連絡する前にちょっと情報を読み取ってみようか」

流石に呪師を逃して世に放つのは不味いとは思うけど、無防備に退魔協会に引き渡しちゃって良いのかは確認しておきたい。


まあ、さらっと記憶を読んだ程度で人間の本質を完全に理解できる訳じゃないから、余程の事が無い限り深く関与せずに退魔協会に任せちゃうつもりだけど。

微妙に不安があるにしても、曲がりなりにも国に唯一存在する公認組織から理由もなく誰かを守ろうとする程正義感が過剰発達している訳ではないからね〜。


ラノベとかではストーリーを展開させる為か、『静かに目立たず』とか言っていたのに矢鱈と利害関係の無い通りがかりの『可哀想に見える』赤の他人を人助けする主人公が多いが、私としては人助けは必要最小限に抑えたい。


何と言っても前世では助けられた記憶なんぞほぼ無い。

理想論はまだしも、実際に自分の財布を開くとか何か行動する段階になると人間っていうのは赤の他人の不幸には無関心なのだ。

変に手を出して要らない注目を集める必要はない。


まあ、それはさておき。

肩に手を当てて呪師の記憶へアクセスする。

お、彼も黒魔術の適性持ちだ。

心を入れ替える積もりがあるなら、退魔協会の調査員にでもなったら良いんじゃないかね?

元呪師だったら呪詛を見分けるのは得意だろうし、悪霊や穢れだって普通に視える筈。

それとも穢れとかは今まで関与してきた呪詛のせいで鈍感になっちゃってるかな?


そんな事を考えながら若い呪師の記憶を更に読んでいく。


「うわぁ〜。

小学校の時に母親が死んで、父親は仕事が忙しいからって家には寝に帰って来るだけで、食事は自分でなんとかしろってお金しか渡してなかったみたい。

こう言うのってネグレクト扱いで児童相談所とか民生委員とかが何とかしてくれないんだ??

意外。

怪我とかしてなければ大丈夫って扱いなのかね?」

誰も居ない家に帰ってくるのが嫌で公園で時間を潰している間に師匠役の呪師に見出され、弟子入りしないかと誘われたらしい。


「で、その父親は?」


「中学を卒業した時点で実質没交渉でこのアパートの家賃だけ払っているみたい?

どうやらこの若い呪師まだ本来なら高校に通っている年齢らしい」

見た目は老けて大人に見えるけど、まだ『少年』なんだね〜。


だから父親が一応保護者の責任としてアパート代を出しているっぽい。

とは言え、自分の息子が一人暮らししたいって言い出した時に何も聞かずに安いアパートへ押し込むってちょっと無関心すぎない?

痛めつけなきゃ良いってもんじゃ無いだろうに。


「で、肝心のこの子の性格は?」


「無関心で無感動な感じかなぁ。

呪詛って言う魔法チックな技術を学んでもワクワクドキドキして実験しまくろうと思わなかったのは良いけど、自分の行動の影響や善悪に関しても無関心だね」

う〜ん、これって子供の頃の環境の影響だろうけど、まともな状況になったら治るのかな?

師匠役の呪師とのやり取りもかなりドライで人間味があまり無い感じだから無感動さに磨きが掛かったのかも知れないが、これで退魔協会や退魔師に弟子入りして感情豊かになるとも思えないなぁ。


「呪詛で人を苦しめても無関心なの?」

碧が眉を顰めて聞き返す。


「少なくとも生き物を苦しめたり殺して楽しむ感性は無いみたいだから、より安全かつ合法的に稼げるって説得すれば退魔協会の為に働くのも合意しそうだけど、退魔協会に悪徳政治家を紹介されて呪師として働かないかって言われたらそれもあっさり頷きそう。

誰も自分に関心を持たなかったんだから、自分も他人に関心がないって感じ?」

ラノベの世界だったらそれこそお節介焼きで明るい女の子が押し付けがましいぐらいに関与してきてこの少年をもう少し明るく前向きな性格に変えていくんかもだけど、現実じゃあそう言うのもあまり無さそう。


「呪師の平均寿命って普通の退魔師や退魔協会の調査員よりも圧倒的に短いよって言えば良いんじゃない?」

碧が提案した。


確かに。

少なくともこないだのハロウィン騒動で日本の呪師の平均寿命はそれなりに短くなっただろう。

そうじゃなくても呪詛返しでそのうちやられる可能性が高いだろうしね。





  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る