第685話 強襲!

電車を乗り継いでハネナガが見つけた場所の最寄駅に着き、地図アプリで場所を確認しつつ歩いて15分。

無事、呪師の隠れ家と思われる場所にたどり着いた。

ただのアパートだったけど。


「どの部屋か分かる?」

碧がアパートを見て、こちらを振り返って聞いてきた。


「2階の右端の家の筈。

中に1人しか居ないし、ちょっと呪詛で穢れたっぽい気配がするから間違いないと思うよ」

ハネナガがちらっと側を飛んで窓から確認した時には中で寝ていたっぽいから、昼寝中かも?

まあ、もしかしたら他にも呪詛を掛けていてそっちの呪詛返しを喰らって寝込んでいる可能性もあるが。


基本的に呪師は依頼人が呪いを掛けるのを補助する形にするのだが、金を積まれた場合(もしくは依頼人が要請を断れない様なヤバい相手だった場合)は自分が直接呪詛を掛ける事もある。

そうなると呪師返しが来る可能性があるんだよねぇ。

技術があれば呪詛返しを他人に転嫁する仕組みを仕込んでおけるが、今回の呪詛は比較的下手な感じだった。多分こないだのハロウィンで退場する事になった呪師の弟子が、師匠が居なくなったことで否が応でも独立して呪師として仕事をする羽目になったのだろう。


まあ、『否が応でも』か『嬉々として』かは本人に確認しないと分からないが。


「ちょっとこんなアパートの一室って言うのは想定外だったなぁ。

夜中に忍び込もうとすると却って怪しまれそうだから、普通に玄関の呼び鈴を鳴らして、扉を開けたら押しいる感じで良いかな?」

碧がアパートを繁々と見つめた後に提案してきた。


「そうだね。

昏倒カードにガッツリ魔力を込めておいて一瞬で気を失わせよう」

こっちの世界の人間だったら咄嗟の場合の魔術への抵抗レジストなんて慣れてないだろうから上手くは出来ない筈。

魔道カードでの攻撃の方が術を自力で掛けるよりも早く起動するから、相手が驚いた一瞬の隙を突くのに向いている。


「もしも黒魔術にレジストされたら白魔術で眠らせちゃって」

白魔術だって術以上の魔力で押し返せば抵抗レジスト出来るのだが、黒魔術で黒魔術に抵抗するよりもちょっと周波数が違うと言うか、少し魔力の込め方が変わる。

一瞬の間に黒魔術から白魔術へ対応を変えるなんてそれこそ熟練のベテランじゃないと無理だから、これで駄目だったら並大抵な退魔協会の人間でも近接で接触して拘束できないだろう。


もしも呪師が逃げるのでは無く私たちの無力化を優先した場合は私らの身の安全がちょっと心配になるが、そこは白龍さまを信じて頼らせて貰うしかないね〜。


まあ、こっから視た感じではまだあまり魂が穢れて無いみたいだし、見習いに毛が生えた程度なんじゃ無いかと思うけど。


『さて。

アパート内の部屋に空きが出るかもって話を知り合いの不動産屋から教えて貰ったんでちょっと下調べがてら近所の人の話を聞きにきたってところで良いかな?』

ドアの前で呼び鈴に手を掛けながら碧が念話で確認してきた。


『良いんじゃない?』

若い女性だったら案外とこう言う場合、扉を開けて話を確認しようとするだろうし。

男だったら警戒して扉を開けない可能性も高いだろうから、こう言う場合は女性の方が有利だよね。

魔術で相手を昏倒させるのに男女の違いは無いし。


リンゴーン。

碧が押した呼び鈴がちょっと間の抜けた音を響かせる。

安物なのか、呼び鈴だけでインターフォン機能は無いっぽい。

これってうっかり呼び鈴が鳴ったんでドアを開けたら、押し売りに足先を突っ込まれて追い出せなくなって要らない物を買う羽目になるんじゃないの?

・・・ドアに無理矢理差し込まれた足って蹴り出しても大丈夫なのかな?

傷害で訴えられても、場所が自分の家の玄関先なんだからどうして足の先を蹴られる羽目になったんだと言う話になって自己防衛もどきな世界になるのかな?


押し売りから身を守るのを自己防衛というのはちょっと違う気もするが、出ていかない相手を追い出すためのちょっと荒っぽい手段は『食らいついて離してくれなそうで身の危険を感じた』とでも言えば通用しそう。


『なんだ?』

ドアの向こうから無愛想な声が聞こえてくる。


「すいませ〜ん、私、今度このアパートに引っ越してこようかと考えていて、ちょっとここがどんな感じか聞いて回っているんです。

少しお時間を頂けませんか?

お礼にお煎餅を差し上げますので〜」

碧が駅前で買った煎餅の箱を顔の横で揺らしながら言った。


「あんたみたいな若い女性がこんなボロアパートに住まない方が良いぞ」

部屋の中からあまり役に立たない助言が返ってきた。


「女性でも予算に見合った部屋に住まざるを得ないんで。

ここって女性が住んじゃいけないぐらいヤバい人が住んでいるんですか?

やっと見つけた予算内の物件なんですけど。

取り敢えずここで大声でお話をお伺いするのもなんですから、もう少し話を聞かせて頂けませんか?」

碧が困った様に聞き返す。


さっさとドアを開けてよ。

軽く考えながら待っていたら、鍵を開ける音がした。


げ、チェーンを外す音がしなかったんだけど。

どっかの中年のおばさんじゃ無いけど、若い女性と話すのにチェーンを掛けたままのドアごしは無いでしょ!


そう思っていたら、あっさりとドアが開いた。

最初からチェーンを掛けていなかったらしい。

不用心じゃない?

まあ、こんなちゃちなドアについたチェーンなんて女性の私が蹴るだけでも外れそうだから、あまり抑止力はないんかもだけど。


そんな事を考えつつ、横から腕を伸ばして少年と青年の間ぐらいな若い男性に昏倒用の魔道カードを押し付け、相手に体当たりする様な感じで部屋の中に押しいる。


狭いタタキで後ろに一歩下がった男性がそのまま躓いた様に後ろへ倒れる。

おっと。

頭を打ったかな?

まあ、後頭部を強打していても碧が治してくれるから安心してね。









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