第493話 転職の誘い

「あ、居た居た」

現場からそこそこ離れていた、家が固まった集落っぽい一角に停めてあった車の下を覗き込む。


そこで眠っているように伏せていたゾンビ犬が目を開けてこちらを見た。

目が少し乾いていて輝きが鈍いが、それ以外は普通に生きている犬のように見える。

毛皮も艶がないけど、この程度だったら普通に散歩で見かける犬でも似たり寄ったりなレベルのがいるしね。


「きゅぅ」

まだ若い犬で、ゾンビになって直ぐに創り主を殺してしまって混乱しているのか、唸るのではなく困ったような哀れな声だった。


「これがゾンビ??

まるでまだ生きているみたいね」

碧が屈み込んでしげしげと眺める。


「ゾンビ化して直ぐにガッツリ生命エネルギーを摂取したし、その後殆ど動いていないみたいだからエネルギーがまだ潤沢にあるからでしょうね。

そのうち環境次第で腐り始めるかミイラっぽく干からびるかしてくると思うよ」

こっちの世界でゾンビを維持するだけの魔素を集めるのは難しいからね。


「なんかこう・・・うっかり創り主を殺しちゃったとは言え、他に悪い事をしていないのに消し去っちゃうのって可哀想な気もするねぇ・・・」

碧が溜め息を吐きながら言った。


「う〜ん・・・。

君、男の人を噛み殺してから何をしていたの?」

声に魔力を込めて繋ぎ、尋ねる。

一応犬や人間が近所で死んでいるのは見つかっていないって話だけど、見つかっていないだけだとか、猫を殺したとかの可能性はある。


『ここでじっとしてた。

お腹が空いたらどっかに行こうと思っていたんだけど、お腹が空かなかったし。

ボク、変?』

ちょっと困惑したような感じの返事が返ってきた。


まだ仔犬か、成犬になったばかりぐらいで犬生経験も浅くて何が普通か分からないんだろうなぁ。

攻撃されたら反撃するって言うのは創られた際に最初からプログラムとして組み込まれた反応レスポンスだから、本犬的には噛み付く気も無かったのに気がついたら飼い主が死んでいたって感じなのかも。


「う〜ん、このまま天国に行ってまた暫くしてからやり直すのと、もう少し現世こっちを楽しむ為にその体から一度出て私の使い魔になるのと、どっちが良い?」

反撃レスポンスが組み込まれているから危険性はゼロでは無いし、ゾンビの魔力効率はあまり良くないしなので、浄化した事にしてゾンビのまま匿うのは無理だ。


だけど、浄化してゾンビ状態を解除した霊を使い魔にするのは可能だ。

なんだったらこの体を使うのも可能だが・・・あまり拘りがないならシロちゃんが使っているような縫いぐるみの方が良いかなぁ。


マジもんの身体は血と肉と骨があるから重いし、それを腐らないように術を掛けるとかなり魔力を継続的に使う羽目になる。


第一、ゾンビ犬の死体を持って帰りたいなんて言ったら田端氏に怪しまれるだろうし。


『・・・お試し出来る?

前のご主人様はボクを救い出してくれてご飯もたっぷりくれて良い人だと思ったのに、ボクを殺したの。

だから暫く使い魔をやってみて、違うと思ったら天国に行ってやり直したい』

暫し悩んでからゾンビ犬が答えた。


へぇ、意外と賢いじゃん。

人間のゾンビはかなり特殊な術を使った上で大量に魔力を注がないと死後に知力がダダ落ちするのだが、もしかしたらこのゾンビ犬はたっぷり人間のエネルギーを摂取した事で少し賢くなったのかも?


『え、私そんなやり方知らないよ?

大丈夫?』

ワンちゃんの耳を気にしたのか、碧が念話で聞いてきた。


『大丈夫、私がゾンビ状態を解くから。

碧がやったら多分完全に昇天しちゃうけど、私だったらゾンビ化を解いて普通の霊魂状態に出来る筈』

現世ではやってないけど、前世では偶にゾンビになった被害者をそのまま一気に昇天させずに家族と最後の挨拶をさせるよう命じられる事もあった。


家族じゃなくって治安当局の人間の質問に答える為にってのもあったけど。

一般的なゾンビって質問をしても殆ど答えが返ってこないから、被害者に事情聴取をする必要がある場合なんかはゾンビ化を解いて普通の霊な状態にしてから話を聞く必要があったんだよねぇ。


良い服とか着ている被害者だと、身元確認とかしておかないとどっかの貴族や商家の後継ぎとか当主とかが行方不明のままなんて事になったら色々と問題だし。


「じゃあ取り敢えず田端氏を呼んで、目撃者がいるところでゾンビ化を解除して依頼終了を確認してもらおう。

ついでにあのPCに関しても田端氏かサイバー部門の人と話す必要があるし」

あのPCのハードドライブがちゃんと初期化されるか見張る為に、PCにクルミの分体をそっと付けておこうかなぁ。






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