第494話 いい加減な嘘は許さないよ?

「これがゾンビなんですか」

携帯で連絡して来てもらった田端氏が、ゾンビ犬の前にしゃがみ込んでしげしげと見詰めながら言った。


「触ってみると少し冷めていますし、呼吸もしていないですよ。

攻撃されたと認識すると反撃してきますのでそっとやって下さいね」

無理に死骸に触れとは言わないけど。


田端氏がそっと犬の前足を手に取って握ってみる。

背中を撫でるとかその程度を思っていたんだけど、ちょっと変わった触り方だね。

猫の足って肉球がプニプニだしクイっと押すと爪が出てくるしで魅惑の部位なんだけど、犬の足も触ると面白いのかね?


私的にはブンブン振り回される尻尾の方が好きだな。

ゾンビになると尻尾を振る気にもなれないのか、動かしてないけど。


「確かに体温はない感じだけど、死体とも違った感触だ。

これって人間を殺してゾンビにしてもこんな感じなのかな?

映画とかドラマみたいに露骨に死体が動く感じを想定していたんだけど、これ程生きて見えるんだったらそれこそ立ち入り制限区画に入る権限がある人物を殺してゾンビ化させて、中の危険な素材なり情報なりを盗ませる事も可能そうな感じですね」

立ち上がって膝の辺りを払いながら田端氏が聞いてきた。


あ〜。

そう言えば指紋とか虹彩とか静脈パターンとかで認証している場所に入るのに、アクセス権のある人間をゾンビにして侵入させるのはありなのかな?

アクション映画とかで、中に入れる人間を殺して目玉を抉り取って持って行ったり、指を切って指紋認証させるとか言うようなシーンってあるよね。


「時間が経つと腐ってくるらしいので虹彩認証は時間が経ったらダメでしょうが、数日間だったら決まった場所に立って目を開けるって程度なら出来るでしょうね。

静脈認証は血が流れていなくても機能するか知らないのでなんとも言えません。

指紋は一番長くやれちゃいそうですね。

ゾンビは知能が下がるらしいので、人と話したり対応を判断して行う必要があるような行動は難しいと思いますが・・・浄化用の魔法陣を敷地に刻んでおくのが一番確実かも?」


首の骨が折れていたり服の前が血で真っ赤になっていたり、毒で唇が紫になっていたりしたら怪しいだろうけど、ゾンビ化した瞬間に目が白くなって肌がグレーっぽい化け物じみた姿に変化する訳ではないからね。目立ちにくい死因で死んだ死体だったら直ぐにはバレないだろう。

命令が無ければそのうち飢餓感に囚われて周りの生き物を無差別に攻撃するようになるけど、作って直ぐでちゃんと魔力を注いであれば確かに機密施設への潜入も可能かも。


まあ、そこら辺は今後の課題として警察の方で退魔協会と一緒に考えてくれ。


そう考えると西田幽霊の『ゾンビ攻撃に対処する方法を研究する為に犬をゾンビにする』って言う行動も一理はあったのか。

単なる退魔師のなり損ねが研究しても誰も耳を貸してくれなくて、あまり意味はなかっただろうけど。


とは言え、警察に協力したいと言って押し掛けても門前払いされるだけだっただろうから、まずは研究して成果を得てから・・・と考えるのもしょうがないのかも?


その研究で死んでたら意味がないけど。

それにあの悪臭を鑑みるに、死霊術ネクロマシーは使うと魂が穢れるんじゃないかな?

そのうち人格にも影響が出てきそうだから迂闊に研究に手を出さない方がいいだろう。


効率が悪くても、重要な施設に浄化用の魔法陣を刻みまくる方が良さそうだ。


まあ、それはさておき。

「取り敢えず、ゾンビ化を解除しますんで、依頼完了の見届けをお願いします」

田端氏が頷くのを確認し、死霊術ネクロマシーの魔力を断ち切り、肉体に留められていた魂を解き放つ。


『あ、上に行かずにそこでちょっと待ってて一緒に車まで来てね』

うっかりそのまま昇天しちゃわないように、身体からふわりと出てきた犬の魂に声をかける。


元々ゾンビ犬は伏せていたので動きは無かったのだが、術が解けた瞬間に『ちょっと草臥れた感じの犬』が『死んだ犬』に変わった。


「なるほど。

生きているって言うのは違いますが、『死んでいなかった』のがはっきり『死んだ』感じになりますね。

あれだったら死んで直ぐの人間に術をかけたら直ぐには気付かれないかも」

ふうっと息を吐いて田端氏が言った。


「まあ、動いていたら見た目や言動がちょっと微妙でも体調が悪いだけだと思うでしょうからね。

そう言えば、あの現場に西田俊介の幽霊がいたんでPCのパスワードを聞いたんですが、要ります?

遺族にPCを戻す前に中身を全部初期化して消してくれるならって条件で教えてもらったんですけど」

犬の死体の処理は田端氏が呼んだ捜査官に任せ、現場の方へ戻りながら田端氏に尋ねる。


「・・・いたんですか。

そっか、本人に聞けるんですねぇ。

ですが勝手にPCの中身を消すのを約束する訳には・・・」

田端氏が微妙な顔をした。


「あのPCには退魔協会のネットワークからコピーしてきた死霊術ネクロマシーの魔法陣やその他危険な情報が入っているんだって。

そんな情報が入ったPCをフリマで売られる危険を犯すつもりなの??」

碧が呆れたように問い詰める。


「日本の危機に備える為に研究していたって言っていたから、呪詛の情報も揃えていた可能性も十分にありそう。

あと、魔法陣を読み解くプログラムも作ったんですって」

更に付け加える。


「呪詛も・・・」

田端氏が絶句した。


「霊との約束を破る訳にはいかないんで、上の方から危険な情報の入ったPCを調査後に初期化する許可を得られたら連絡して下さい。

パスワードを電話でお伝えしますから。

ちなみに、これだけ危険な情報を形式的手順に拘って結果的に拡散させてしまうような嘘を私たちについたら、責任者に白龍さまから天罰が降りると思っていて下さいね」


下っ端に嘘をついても全然構わないと考えるお偉いさんは多い。


命令を下した人間にも天罰でがっつり罰がいくと思えば真剣に対応するだろう。






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