第318話 呪詛以外だと難しい

「マメちゃんもきっとこれで元気になりますよ〜」

来た時のぐったりした様子が嘘のように元気になって、あちこちに駆け寄って匂いを嗅ぎ回っている犬のリードを飼い主の加藤さんとやらに渡しながら碧が声を掛ける。


「ありがとうございます!

前の子も4歳ぐらいの時に急に吐くようになったと思ったら数ヶ月で弱って死んでしまったので、今回吐き始めたのを見て目の前が真っ暗になっちゃう気分だったんです」

疲れが溜まっているのかやつれて顔色の悪い加藤さんが、嬉しそうに微笑みながら犬のリードを受け取った。


『今回も前回と同じって前の犬の霊が言ってるにゃ〜』

ぽんっと飼い主の後ろに現れたクルミが突然教えてくれた。


ええ??

慌てて魔力視で周囲を見回したら、犬の霊が心配そうに飼い主の周りをウロウロしているのが視えた。


『君、前の犬?

何か家に食べちゃ不味い物でもあるの?』

危険なキノコか何かが目立たぬところに生えていて、犬がそれを食べたせいで死んだり不調になったりしているのかも知れない。


『お母さんのお母さんが変な物を餌に混ぜてるのがいけないの。

お母さんにも食べさせてるから良くないの!!』

私が念話で話しかけた事で訴えが通じる分かると、犬の霊が必死になってこっちに言い募ってくる。


マジか。

お母さんってこの場合飼い主の事だよね?

窶れているのは犬の介護疲れじゃなくって何か変な毒を盛られて居るからなの?!


『碧〜!

前の犬の霊が、この犬も前の犬も、オマケに加藤さんもどうも加藤さんの母親に毒っぽいものを盛られているって言っているんだけど、加藤さんにも異常ある?』

慌てて念話で碧に尋ねる。


呪詛だったら一目瞭然だけど、毒なんぞ盛られても私には分からない。

微妙に誰かからの粘着質な執着っぽい念がこびり付いている感じだけど穢れって程でもないし、普通に疲れた顔の女性だと思っていたんだが。


『マジ?!

・・・本当だ、この人もなんか腎臓に異常があるね』

マジか〜。

どうすっかな。


「ええっとぉ。

実は、私ってちょっと霊媒体質なんです。

で、そこに前のワンちゃんの霊が居るんですが・・・どうも彼女は加藤さんのお母さんに毒殺されたって言っている上に、マメちゃんと加藤さんも同じ目に遭っているとの話なんですが・・・」

これって信じてもらえるんかね???

自分で言っていても怪しさ満載だぞ!!


一応ここにくるんだから超常の現象を信じる人ではあるんだろうけど。

犬の霊とかって信じてくれるんかね??


「・・・はぁ?」

何言ってるんだこいつ、と言う顔で見られた。


「別に犬の言葉を伝えたからお金を払えとか言うつもりはありません。

ただ、もしかしたら加藤さんのお母さんが犬の事を嫌いで体に良く無い物を餌に混ぜている可能性があるので、同居をやめた方が良いかも知れませんね」

つうか、犬だったら食べちゃいけない食べ物ってそれなりにあるだろうし、それこそ殺虫剤とか殺鼠剤を餌に混ぜたら殺せるだろうけど、人間は健康診断とかあるんだし、そう簡単に変な毒は盛れないんじゃないの??


まあ、実際に毒を盛られていたとしても、原因が分かっていなければ医者がそれを発見できるかは微妙だし、警察に行ったところで精神異常かと思われるのかもだけど。


考えてみたら、毒を盛られていた場合ってどうすればいいんだろ?

殴られていたら医者にそれを見せればDV被害者の会とかに紹介して貰えるだろうが、吐き気を催す物とか、腎臓に異常を起こすような何かを食事に混ぜられて不調になったところで毒を疑う人はあまりいないだろうし、『毒を盛られているんです!』と主張したところでノイローゼで被害妄想に陥っていると精神医を紹介されそうだ。


何か思い当たる節があるのか、意外にも加藤さんは巫山戯るなと怒り出さずに暫し考え込んでから冷静に質問をしてきた。

「・・・前の犬の名はなんだと言っています?」


ペットって必ずしも人間がつけた名前を正しく認識してないんだよねぇ。

でも、取り敢えず聞いてみよう。

『君の名前は何?』


「・・・時折略される事もあるけど、『愛してるよチャルちゃん』が正式なフルネームだと認識しているようですね」

多分正解は『チャルちゃん』なんだろうけど、取り敢えず言われた答えを伝える。


獣医に行くと、苗字にペットの名前をつけて呼ばれるんだよねぇ。

源之助も、『藤山源之助クン』って呼ばれていた。

『加藤愛してるよチャルちゃん』は無いと思う。

でも、家ではいつも『愛してるよチャルちゃ〜ん』って声を掛けていたんだろうねぇ。


今度、クルミに源之助へ彼の名前は『源之助』だって説明させておこう。

『愛してるよ源之助〜』でも『可愛いねぇ源之助〜』でも『最高よ源之助〜』でも無いと説明して誤解が無いようにしておかないと。


「ふふふ。

そっかぁ、いつも『愛してるよチャルちゃん』って呼んでいたからそこまでが名前だと思っていたんですね」

加藤さんがぎゅっとマメちゃんを抱きしめながら呟いた。


「失礼かも知れませんが、ご実家を出る事は可能ですか?

何が与えられているかは知りませんが、犬は小さいので元気になったのを見てイラッとしてちょっと普段より多めに毒になる物を食べさせられたりしたら、あっと言う間に死んでしまいますよ?」

碧がそっと尋ねる。

猫だったら緊急避難場所として青木氏の猫部屋を紹介するのも可能だが、犬だからねぇ。

ちょっと預け先としてはウチらは役に立てない。


「母の外出が続いたり、私が旅行に行ったりすると体調が良くなるなぁと思った事はあったんです。

でも、いつでもずっと不調と言う訳では無かったし、母はチャルちゃんもマメちゃんも可愛がる時があったしで気のせいだと自分に言い聞かせていたんですが・・・。

仰る通り、犬の命は儚いですからね。思い過ごしだと自分に嘘をつくのではなく、ちゃんと対応しなくては駄目ですよね。

今すぐペット可の物件を探します」

大きく息を吐き出し、加藤さんが背をシャキッと伸ばして言った。


そうだ、青木氏を紹介しよう。

彼なら即日入居出来るペット可物件を知っているかも。






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