第317話 ウィンウィンだね

「どうか、よろしくお願いします」

大人しそう・・・と言うかぐったりしている猫を木箱の上に下ろし、中年のおばさんが碧に頭を下げた。


「分かりました。

祈祷いたしますので外でお待ち下さい」

巫女衣装を纏った碧がそっとおばさんの腕に手を乗せ、扉の方を示す。


「こちらへどうぞ」

私さり気なくおばさんを誘導して、隣の待合スペースに連れて行った。


ペット専門祈祷サービスの出だしは意外に忙しかった。

まあ、青木氏や黒崎宮司さんの知り合いでそれなりに信頼できる人や業界の事を知っている人で病気のペットの飼い主に連絡が回っているんだろうね。

もう1週間近く経っているが、まだほぼ毎日数件依頼が来ている。

幸い退魔協会からの依頼が来ていないし休み中だから良いが、このまま落ち着かなかったらどうするかちょっと悩ましいかも。


「ニャンちゃんのお名前は?」

取り敢えずおばさんの気を紛らわせる為に話かける。

放っておくと飼い主って心配になって祈祷中だろうが覗き込もうとするんだよねぇ。


当然、碧は実際は祈祷している訳ではないので、じっと猫の前に立っているだけの碧を見られるのはちょっと微妙だ。

治れば納得してくれる可能性は高いが、取り敢えず『祈祷』と言う形を取っていると思わせる方が色々と楽なので、私が飼い主の相手をする事になっている。


「シャルルちゃんです。

まだ10歳でまだまだ長生きして欲しいんですが、どうも腎臓の調子が悪いって獣医さんに言われて・・・色々薬や食事療法で対応しているんですが、最近は吐く回数が増えた上に元気も無くって」

心配そうにため息を吐きながら飼い主のおばさんが応じた。


「寿命はどうにも出来ませんが、腎臓の病気だけならきっと龍神様が情けを掛けてくれると思いますよ。

今回の祈祷で元気そうになったら薬に関しては止めてもいいでしょうが、食事療法は体質的な事もありますし続けた方が無難かもですね」

実は祈祷サービスを始めて気づいたのだが、ここに連れて来られるペットは大抵の場合はどこかの獣医に通っていて既に薬を与えられている。


健康な状態で薬を飲むのはあまり良いことでは無いし、ある意味金の無駄でもある。

とは言え、流石に神社で祈祷して貰ったから次の日から薬をやめろというのはちょっと微妙だ。

通常の場合だったら絶対にやっちゃいけない事だろう。現実では神頼みなんて実質何もやっていないに等しいのだから。


かと言って、碧の治療をした翌日に獣医に連れて行って検査をしまくり、病気が治って健康な状態だから薬は不要!と確認させるのも不味い。

出来れば碧の祈祷サービスに関しては真っ向から獣医師業界に喧嘩を売るのではなく、静かにさり気なくやっていきたいのだ。


と言う事で、それとなく思考誘導で『元気そうだから薬は要らないかな?』と言う結論に導き、碧の事は『ペットの具合が悪い』と言うトリガーが無ければ頭に浮かばないようにしている。


まあ、不動産業界の人とかだったら別にそこまで手間を掛けなくても『祈祷』と言う形をとった回復術だと分かっているんだけど、そう言う人達でも回復術とは縁が無いから半信半疑なところがあるので、説明するのも面倒だし全員に思考誘導させて貰っている。


ついでに神様には感謝するけど、のめり込まない様にも。

感謝の気持ちって重要だけど、宗教的な想いは下手にのめり込むと依存になったりするしね〜。


「そう言えば、シャルルちゃんの祈祷ついでに飼い主さんも厄祓いをしていったらどうですか?

折角シャルルちゃんが清められても、飼い主さんから穢れがついちゃったらまた病気になるかもだし。

社務所で頼めば、厄落としの間だけ猫ちゃんを預かってもらえると思いますよ」

と言っておく。


「厄落とし、ですか?」

おばさんがちょっと意外そうに聞いてくる。


「決まった年齢でしかやってはいけない訳では無いですからね。

神社に来たついでに、溜まってきた疲れやストレスから生じた陰を落として心機一転すると言う感じでどうですか?」

たかが5千円程度なのだ。

この1万円の碧への祈祷料にプラスして、こびりついた疲れと絶望感が転じた穢れを落としておく価値は十分にあるだろう。


穢れがこびりついていても多少だったら体調を崩しやすくなる程度だが、体調だって崩さないに越した事はない。


ペットの病気というのは完治が難しいのか、もしくは神社を頼ろうと考えるところまで行き着いている人だけがそれだけストレスに押し潰されそうになっているのか知らないが、意外と碧の祈祷サービスに来ている飼い主達は穢れがそこそこへばり付いている人が多いのだ。

折角ちゃんと効果のある厄落としができる神社に来ているので、ついでにやっていけと穢れが酷い人には言っているのだが・・・そちらのお布施が増えてありがたいと黒崎さんにまでお礼を言われてしまった。


ペットが元気になれば介護の疲労や絶望感が転じて蓄積されてきた穢れもそのうち薄れる筈だとは思うけど、溜まった疲れと一緒に祓っちゃった方がペットと一緒に気持ちよく健康な生活を送れるしね〜。

黒崎さんの神社にも収入になるし。

ウィンウィンと言う事で良いだろう。









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